16.卑劣な人質作戦
ヨーコの「詳細を話すから上官を呼んできて欲しい」という依頼を受けた女兵士が、急いで第二大隊長のシュルツを呼んできた。
彼は背丈が百七十センチメートル、顔に幾度も戦禍をくぐり抜けてきた歴戦の戦士を偲ばせる傷を持ち、時には残忍な一面を見せる金髪緑眼の壮年の軍人。就寝中だったはずだが寝起きのアメリアと違って軍服をビシッと決め、五人の兵士を掻き分けて鉄格子の前に立ち、牢獄の中央で顔を上げながら床に転がる捕虜の前で、胸を張って威厳を見せつける。一方のヨーコは、彼より十センチメートル以上も長身、切れ長の目が特徴的な瓜実顔で、黒髪黒眼。虜囚の身でありながらも、カンテラの光を背に受けて浮かび上がる敵上官に対して全く動じない。
二人は、薄暗くて苔の匂いがする地下で光を浴びて黒光りする鉄格子を挟み、視線を相手の全身に注ぐ。これで生じた暫しの沈黙は、大隊長のよく通る声で破られた。
「第二大隊長のシュルツ・フリーデマンだが、要件を聞こう」
「三日後のグリューンブリュン大公国の大規模攻勢について、知っていることを話したい」
「貴様はそんな簡単に味方を売るのか?」
「私は傭兵だ。金の繋がり以外、何もない。実は今回、悪貨一枚すらもらっていない」
「成功報酬は全額後払いという訳か」
「そうだ」
「よく引き受けたな?」
「雇ってくれるところが大公国しかなかったし、手持ちの金もなくてやむを得なかった」
「高額に惹かれたのもあるのだろう?」
「――その通りだ」
口惜しさでヨーコがいったん目を伏せたが、シュルツの双眸には同情の色は全くなかった。
「拷問の手間が省けて有り難いが、貴様は取引を持ちかけているのか?」
「取引ではない」
「なら、急に叛旗を翻した理由は何だ?」
ヨーコは、精霊を憑依させられた事、そのためしばしば自分の意志が無視され完全に操られて行動していた事、グリューンブリュン大公国の魔法使いから邪精霊を封印した魔石を渡されて捕縛されたら使用するように言われたが、それは自分も巻き添いになることを知らされていなかった事、最後は「いいように利用された」と悔し涙まで流して訴えた。そこへクルツが、自分が退治した邪精霊は人も家畜も鳥獣も見境なく食い殺すので、魔石を使用した者は助かるというのは明らかに騙されたのだと補足する。
「その精霊が言うなら信じよう。なるほど。グリューンブリュン大公国の連中は、前金も払わずに傭兵を雇って騙し、自爆させる事も厭わない悪辣な輩なのだな。それにしても、大公国が傭兵に精霊を憑依させて戦わせるとは、けしからん」
「違う。精霊の憑依はクラインローテンベルゲン公国にいたときの話だ。あそこの魔法使いは皆、私のように精霊を憑依させられた可能性が高い」
この公国の名前を聞いたアメリアは、シュプレンゲルの町で戦った精霊使いの少年フリッツを思い出して全身の肌が粟立った。他の兵士達も、一連の猟奇事件を思い出して怖気をふるって顔を見合わせたが、その犯人とアメリアが直接対決したことまではまだ知らない。
「そうだったのか。前々からあそこに強い魔法使いが多いから、一戦交える事になったら大事だとは思っていたが、そういう裏があったのか」
「だから気をつけた方がいい。三日後にその公国と大公国が手を組んで一気に南下してくる」
「何だと!?」
驚愕するシュルツの声が地下の冷気を震わせて木霊する。
「敵の数は?」
「分からない。国境守備隊まで剥がすと言っていたから、総力戦になるはずだ。だが兵の数の問題ではない」
「そうだな。公国の魔法使いが総出となると、手に負えん」
シュルツがそう言ってアメリアの方へ振り返るので、彼女はギョッとして立ち竦んだ。まるで、我がシュヴァルツカッツェン辺境伯領の興亡はこの一精霊使いの双肩に掛かっているとでも言いたそうな大隊長の顔に言葉が出ず、呼吸まで止まる。
「この国の精霊使いはアメリア以外にいないのか?」
「高齢で隠居した二人を除けば、軍隊に所属していない若手が三人いる。後は、先の戦闘で戦死した」
クルツの問いかけに答えるシュルツの言葉で、アメリアは戦死した戦友――女性の精霊使い――の顔が三つ、瞼に浮かんだ。彼女達は、宿舎の自室の今は空いているベッドに腰掛けて夜遅くまで語り合っていた仲間だった。悲しそうな顔のアメリアから視線を切ったクルツがヨーコの方を見つめると、それに気付いた彼女は首を横に振って自分は殺していないと主張する。
「国の未来に拘わる出来事だから、総動員すべきだろう?」
「精霊に言われるまでもない。が、その前に――」
シュルツがクルツを見下ろして微苦笑し、もう一度アメリアの方へ振り返る。彼女は二度もこっちを見て何事だろうと思っていると、
「偵察用に精霊を貸してほしい」
「――分かりました。微精霊の方ですね?」
「偵察が出来れば何でも良い」
シュルツの案は、ヨーコの証言の裏を取るため、二国の軍隊の動きを微精霊による偵察で今から確かめることだった。クルツの提案でレイアには偵察をさせずに休ませ、フリーダだけがシュヴァイツァーの鷲と一緒に敵地へ向かうことになった。
「それと、今のうちからゾンネンバウム一家を安全な場所に避難させた方が良いだろう。今、どこに住んでいる?」
シュルツの懸念は、アメリアの家族を敵に人質として取られることだった。戦いの行方を左右する精霊使いは、何かと狙われやすい。家族ももちろん標的となり得る。
「大公国との国境沿いのプフェルトラ村です」
「なら、なおさらだ」
「――――」
大隊長の言葉に自分の家族が狙われる可能性を気付かされたアメリアは、青ざめた。さらに、今更ながら、自分が家族に何の連絡もせず、大いに心配を掛けていることを気付かされて息を飲む。
実家に戻っていた彼女は、精霊との新たな契約のために家を出て、戻らずにそのまま宿舎に向かい、退役を希望しているにも関わらず成り行きで二つの戦闘に参加し、その間、家族へ何の連絡もしていない。茫漠たる精霊の森で行方不明になっているとは思われないにしても、帰り道で事故に遭ったかも知れないと大いに心配されていてもおかしくないのだ。
兵士が家族へ連絡をする時に小隊長以上はフクロウ便を使うが、一兵卒はそれを緊急用に借用できる。しかし、自分は緊急でも遠慮してそれを借用しなかったというのは後から取って付けたような理由で、実際は、それすら思いつかなかった。
自分の行動に呆れて猛省する彼女は、家族の避難誘導に向かう竜騎兵に同行することを即座に同意する。もちろん、クルツとレイアも――紹介と弁明の手助けのため――デフォルトで連れて行く。両親からしこたま叱責されるなぁと彼女は頭を掻いた。兵士とは言え、まだ十五の少女なのだから、雷が落ちるのは覚悟しないといけない。
□■□◆□■□
「あれあれ? 師匠! 体が大きくなっていませんか!?」
「嘘!?」
「また調子に乗る材料が増えたか……」
実際、直径二センチメートルくらいの大きさでフリーダと別れたレイアは、五ミリ大きくなって戻ってきたので、驚くフリーダは体を上下させ、クルツは瞑目して息を吐く。
「どうしちゃったのですか?」
「ちょっと魔法を使い過ぎてしまって」
「使うと成長するのですか? なら、どんどん使って準精霊になっちゃいましょうよ!」
「クルツさん。フリーダがこう言っていますが?」
「そんな簡単になれる訳がないぞ」
一応はレイアが調子に乗らないように戒めたクルツだが、こうも成長が早いことに正直驚いていた。そもそも、一日で見習い精霊から微精霊に昇格したのだから、近いうちに準精霊になってもおかしくない勢いだ。だが、そんな精霊など見たことも聞いたこともない。普通は、数ヶ月、時には数年という長い時間を掛けて見習い精霊から微精霊、微精霊から準精霊へと上位へ成長していくのだ。
(レイアは大きな魔法を使う度に魔法回路が急成長するので、体まで大きくなると考えた方が良さそうだ。それにしても、異常な速度なのが気になる……)
心配そうにクルツに見つめられていたレイアは、アメリアの手でガラスの小瓶に入れられた。
「じゃあ、偵察に行ってきますね。師匠とは暫しのお別れですね。師匠の分までバッチリ情報を集めてきますから、その時はいっぱい褒めてくださいね!」
左腕に鷲を止まらせているシュヴァイツァーが手招きするので、フリーダは小瓶の中のレイアに向かって別れの挨拶をすると、楽しそうにサインカーブを描いて――スキップしているかのように――飛んで行った。
アメリアは小瓶に蓋をしてポケットへ押し込むと、竜にまたがり、クルツが姿を消すのを確認すると、すっかり東の空から姿を現して天頂を目指す太陽に目を細め、騎兵を乗せて砂塵を巻き上げながら走る三匹の竜の跡を追った。
□■□◆□■□
広大な畑に平屋の農家が点在するプフェルトラ村に一行が到着したのは、三時間後の九時過ぎだった。
「誰もいないみたいだな。いつもこんなものか?」
「おかしいわ。集会場へ行ってみる」
三人の竜騎兵が見渡す畑は、野菜等の作物が収穫されるのを待っている状態なのに、猫の子一匹いない。魔物が出たりすると、農民は集会場に避難するので、もしかしてと思ってアメリアが先頭に立って竜の鼻先を集会場へ向ける。
五百メートルほど農道を進むと、三十人ほど入れる大きさで木造平屋の建物が見えてきた。質素な感じのする集会場だ。竜が建物に近づくと扉が僅かに開き、複数の顔が隙間から見えたが、近づいてきたのが自国の竜騎兵だと分かったようで、作業着姿の農婦が三人飛び出してきた。
「あっ、アメリア! お前さん、大変なことが起きているんだよ!」
「マティルダおばさん、みんな、どうしたの?」
「この村にグリューンブリュン大公国の狼の兵隊が襲ってきて、マイヤーの婆さんとあんたの母親と赤ん坊を人質に取って立て籠もっているんだよ!」
先頭に立った皺だらけの顔の農婦が身振り手振りを交えて訴えるので、仰天したアメリアは竜から飛び降りて、彼女から詳しく事情を聞く。
二十分ほど前に、狼人族の兵士四人が村へ突然現れて、両国を分け隔てる川に一番近いマイヤー一家を襲った。兵士は逃げ遅れた老婆ヘルガとたまたまそこに赤ん坊を背負って農作業を手伝いに行っていたアメリアの母親マリアを拉致したが、農具を武器代わりに持って駆けつけたアメリアの父親ゲオルグを含む男十人に取り囲まれて退路を断たれ、今、マイヤーの家に立て籠もっているとのこと。
「戦意を喪失させるなら村人を殺すはずだが、人質を取ったのは女の捕虜との交渉材料に使おうとしているな」
「貴方達は聞いていないと思うけど、女の捕虜――ヨーコは捨て駒扱いだったから、彼女との交換は無いと思うわ」
「なら、おそらく、先の戦闘で捕虜となった下士官の連中との交換が狙いだろう。それにしても一般人を拉致するとは卑劣な奴らだ! 許せん!」
竜騎兵の一人が激高し、顔を真っ赤にして奥歯を噛みしめる。確かに、先の戦闘で自分達の兵士は誰も捕虜にならなかったから、捕虜同士の交換はない。だからと言って、交換要員を勝手に一般人から取るのは非常識である。戦友の怒りは理解できるものの、このまま突入しかねない勢いなので、彼がまたがる竜の前にアメリアが両手を広げて制止する。
「母親と赤ん坊が拉致されているのに冷静だな?」
「小さい頃からお世話になっているヘルガお婆さんも拉致されているから冷静なわけがないわ。でも、ここで暴れたらみんなの命が危うくなる」
「なら、どうする?」
三人の竜騎兵と、集会場からゾロゾロと現れた女性や老人の視線を一斉に浴びたアメリアは、クルツを召還し、さらにポケットからガラスの小瓶を取りだして蓋を開けて覗き込む。
「レイア。貴方の小さな体とそれに似合わない力を利用していい?」
「はい」
「おいおい、それは褒め言葉ではないぞ」
「ごめん。思いつかなかったから」
「準精霊並みの力でいいだろう?」
クルツに認められて舞い上がるレイアは、スーッと浮上してから上下に揺れた。
「兵士が近づくとさらに警戒されて何をしでかすか分からないから、二人で行ってみんなを救出して。家までの道案内は、このマティルダおばさんに任せるから」
「任されたよ」
アメリアに事情を説明した皺だらけの女性が、右手を上げて微笑んだ。
「敵は捕虜にしていいのですよね?」
レイアの問いかけにアメリアは即答する。
「いいわ。無益な殺生は避けて」
「分かりました」
「ただし、レイアの回復は万全ではない。過剰な期待をするな」
「その期待はクルツに回すわ」
「おいおい……」
アメリアは、目の高さで浮いているクルツが半眼になったのを見て、悪戯っぽく笑った。




