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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第2章 微精霊

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15.精霊の憑依

 カンテラと縄を携えた女兵士が屈強な三人の男兵士を連れ立って、敵捕虜が脱獄を図った現場に到着すると、鉄格子の向こうで自分達の目の高さにやや楕円形で長い部分が四十センチメートルくらいの毛玉が浮いていて、それがクルッと百八十度回転し、金眼を輝かせたので彼らの心臓が跳ね上がった。


「ちょうどいい所に来た。こやつの体と足を縛るからその縄をくれ」


 四人は、声の主が二回の戦闘で殊勲を立てた精霊であることを記憶から呼び起こし、警戒を解く。女兵士は、目しかない顔を怖そうに見つめながら鉄格子を(くぐ)り、毛玉に手も足もないのにどうやって縛るのか、頭に疑問符を浮かべつつ縄を床に置く。


 すると、涙で(ほお)()らすも寒さで唇が紫色になりつつある捕虜を包む氷の柱の周りに、縄が生き物でもあるかのように何重にも巻き付いた。空中に静止していても縄をいとも()(やす)く操る精霊に(どう)(もく)した女兵士は、カンテラを掲げたまま後ろ歩きで外へ出る。


 彼女を見送った毛玉は、床に転がって弱々しく光る微精霊へ視線を落とす。


『レイア、聞こえるか』

『……はい、何とか』


 クルツの念話に、レイアは(もう)(ろう)とした意識で応じる。


『何度言ったら分かる。魔法回路を壊す気か?』

『すみません……』

『まだ完全に回復していないのに、ありったけの魔法を使いおって』

(とつ)()のことで、つい――』

『加減を覚えろ』

『はい……』


 クルツは、(そう)(はく)のヨーコを哀れむように見つめる。


『不十分な魔法の量だったから頭の(てつ)(ぺん)まで氷漬けにならなくて、かえって良かったぞ』

『え?』

『考えても見ろ。全身を閉じ込めたら、どうなる?』

『――――』

『窒息死するぞ』


 危うくヨーコを殺すところだったと気付いて、レイアはゾッとし、少し目が覚めた気がした。


『レイア。魔法を解除しろ。解除したら、俺はこいつを縛り上げる』

『はい』


 レイアは、残っている力を振り絞って魔法を解除する。すると、瞬時に氷が消え、同時に縄が絞られ、(きん)(ばく)されたヨーコは床の上に倒れた丸太の如く転がった。その見事さに感嘆した兵士達の声が(ろう)(ごく)に響いたが、魔法使いがまた何かをしでかすのではと彼らは警戒する。しかし、ヨーコはうつ伏せになって何ら抵抗をしなかった。


「精霊さん。私達はどうすればいいですか?」

「第三中隊第五小隊のアメリア・ゾンネンバウムをここに呼んでくれ」


 女兵士がまるで精霊を上官であるかのように指示を仰ぐと、クルツは床に着地して、短い手足と耳と尻尾を毛の中から出して依頼する。女兵士は、精霊は毛の長い猫だったのかと理解して、カンテラを男兵士の一人に渡してからその場を立ち去った。


 クルツは、ヨーコが魔石を隠しているポケットに顔を近づけ、毛に隠れた鼻でクンクンと臭いを嗅ぐ。


「こいつの処分は手こずりそうだから後だな」

「精霊さん、そいつが何かを持っているのですか?」


 剣の柄を握る手に力が入る兵士が問いかけると、クルツは「邪精霊の入った魔石だ」と()(いき)混じりに答える。


「一人でも多くの兵士を殺すため、この宿舎に部隊が戻ってくる頃を見計らい、隠し持っていた魔石から(ひと)()いの邪精霊を解き放つ。それがこやつの奥の手。そうとは知らずに、お前達はこやつをここに閉じ込めた。相手の術中にまんまと()まったという訳だ」


 三人の兵士は顔面蒼白となり、転がる捕虜を凝視した。



 五分後に、眠りに就いたところを起こされて不機嫌そうなアメリアが、軍服をだらしなく着たまま目を(こす)りつつ、女兵士と一緒に現れた。


「クルツ、どうしたの?」

「ヨーコの正体を見せようと思ってな」

「正体? ――どういうこと?」

「まあ、見ていれば分かる。危険だから、この牢獄の中に結界を張るぞ」

「危険?」


 この言葉に目が覚めたアメリアが軍服の乱れを直して、剣の柄を握る。透明な結界を部屋全体に張ったクルツが、アメリア達に目をやって「念のため、少し後ろへ下がっていろ」と指示した後、うつ伏せに転がっているヨーコの頭に近づいて、言葉をかけた。


「おい。どこに行ったかと思っていたが、そこにいたのか、黒のツォルンよ」


 すると、ヨーコは涙に濡れた頬を怒りに染めて顔を上げる。


「白のクルツ。やはり、お見通しだったか」


 唇を三日月のように(ゆが)めるヨーコは、男の声で応じる。


「精霊界で見ないと思っていたら、こいつに(ひよう)()していたとはな」

「契約するより楽だぞ。だって、こうやって――」


 言葉を切ったヨーコの口から黒い煙が立ち(のぼ)り、塊となって部屋の上空で漂う。すると、白目になったヨーコは力が抜けたかの如く顔を床に伏せた。


「いつでも抜けられるからな」

「なんでまた、女の体に()()いた?」

「言っとくが、俺の趣味じゃないぞ。たまたまだ。精霊を人間(ヒユーマン)に憑依させる術者がいて、()()()()()()()()()()()()()()()に俺が当たっただけ」


 (おぼろ)()ながらもこの会話を聞いていたレイアは、ヨーコ達十人が練兵所に連れて行かれて戦闘用の魔法使いの訓練を受けた話を思い出した。その話と合わせると、ヨーコ達は術者に精霊を憑依させられたのではないか。それで戦闘能力を高めたのではないか。


「喜んだのじゃないか?」

「そんなことねえよ」

「で、どうする? 今から俺と勝負するか?」

「いや、お前にはまだ勝てねえ。それに――」


 黒煙の塊から円錐状の煙が真下に延びて、それがヨーコを指差すように見えた。


「こいつを利用して精霊使いや精霊を殺すのは、そろそろ限界だなと思っていたところだ」

「限界?」

「そう。こいつがいつの頃からか、殺しを(ため)()うようになったのだ。そこにいる精霊使いと二回戦った時、殺さなかっただろう?」


 アメリアは、ツォルンが自分の事を言っていると気づき、背筋に()(かん)が走った。


「それでは俺が困るから()()()()やらせていたのだが、心の中で泣いていやがるのだ」

「泣いている?」

「いつまでもこんな事をしたくないんだとさ」

「なるほど。で、乗り換えるため、他の奴に憑依するって話にはならないだろうな?」

「なる」


 アメリア達五人は、憑依を宣言しているツォルンの言葉に警戒を強めた。


「ここにいる連中、いや、この外にいる連中にも憑依したら、俺が引きずり出すぞ」

「いや、ここじゃやらねえ。安心しろ。俺は、さっき話した精霊を人間に憑依させる術者の所へ戻る」

「そいつは、どこにいる?」

「何? お前も憑依したいのか? 教えねえよ」

「するか、馬鹿者。俺は、精霊使いとの正規の契約を貫く」

「そんなもの、俺の性に合わぬ」


 黒い塊のツォルンと毛玉のクルツが(にら)()い、雲の隙間から現れた太陽の光が小窓から延びて、二人の間に差し込む。


「術者の居場所を突き止めて手出しをしたら、俺のお(かしら)が容赦しないからな」

「なるほど、大精霊ボーテが絡んでいるのか。そいつは厄介だな」

「だろう? さあ、俺はここから出るぞ。結界を解け」

「いいだろう」


 クルツが透明な結界を解除すると、ツォルンは「あばよ」と言い残して、天井に近い小窓をすり抜けて消え去った。


「というわけだ。これで、こやつも正気に戻っただろう」

「さっきのツォルンという精霊の仕業だったの?」


 ヨーコを見つめるクルツにアメリアが問いかけると、クルツは小さく(うなず)く。


「精霊さん。捕虜はこのままで大丈夫ですか?」

「気を失っているから大丈夫だ。それより、こっちの方が心配だ」


 クルツがそう言うと、縄が独りでに緩み、ポケットから(てのひら)に乗るサイズで赤く輝く球体の魔石が見えない手で取り出されたかと思うと、また縄がきつく縛られた。ここまで、一切クルツは手を出しておらず、全て魔法で実行しているのだ。


「まさか、時間が来たら中から邪精霊が飛び出す仕掛けになっているとは思えぬが、急いだ方が良いだろう」


 クルツがそう言うと、魔石は独りでに浮かび上がり、魔石より二回り大きくて赤みのある半透明の結界がそれを包み込む。と、その時、魔石にひび割れが生じて、中から無数の光の筋が放射された。


「まずい!」


 直ちに、結界の球体を包み込む結界が形成されたが、内側の結界が砕け散り、外側の結界もひび割れが生じた。


「止まれぇ!!」


 さらに五重に球体の結界を張ったクルツは、アメリア達に避難を指示する。中心からの無数の光に内側の結界が次々と破壊されていくのを見た彼らは、血相を変えてその場を離れた。


「――(ごう)()よ、邪精霊を焼き尽くせ!」


 クルツが珍しく詠唱すると、最後の一つとなった直径七十センチメートルの球体の結界内は(れん)(ごく)と化し、渦巻く炎が暴れ回る。


「ギャー!!」


 邪精霊の絶叫が何度も結界の中から聞こえ、二分間燃えさかった炎は邪精霊を跡形もなく焼き尽くした。


「ふっ。俺としたことが、こんな奴相手に手こずるとはな」


 すると、悲鳴で目を覚ましたヨーコが顔を上げた。


「さっきの悲鳴は?」

「邪精霊を退治したところだ」


 ヨーコがクルツの方を見て、ちょっと驚いた素振りを見せた。


「口もないのに(しやべ)るのか?」

「ないのではなく、毛に隠れているのだ」


 クルツの口の辺りを視線で探る彼女は、頬が緩んだ。


「退治してくれたのか。良かった。ありがとう」

「悪いが、縄はしばらくこのままにさせてもらうぞ」

「それは捕虜だからな」


 ヨーコは鼻を鳴らし、自分を縛る縄を見て、それから視線を正面の鉄格子に移して苦笑する。


「憑依していた精霊は帰ったぞ」

「憑依?」


 突然の言葉に不思議そうな顔をするヨーコは、クルツから自分に精霊が憑依して操られていた件を聞かされると、深い溜め息を()いた。そこに、少し回復したレイアが、練兵所で憑依させられたのではないかと見解を述べた。


「練兵所からずっと操られていたのか。今の今まで利用されていたのかと思うと、涙が止まらないよ」


 再び涙ぐむヨーコは、目を閉じると過去の出来事が走馬灯のように浮かんできた。


「運が悪かったな」

「ああ、この世界に来てから、とことんついていない。……でも、一つだけ運が良かったこともある」

「それは何だ?」


 ヨーコはレイアに(にゆう)()(まな)()しを注いだ。


「同郷人に会えたことだ」

「ほう」

「出来れば一緒にいたい。可能だろうか?」

「それは捕虜がどう扱われるかにもよるだろうから、俺からは何とも言えぬ」


 そんな会話をしていると、アメリア達五人が様子を(うかが)いに戻ってきた。彼らを見たヨーコは真剣な目つきになり「ちょっといいか?」と声をかけた。


「捕虜の処遇を聞きたいの? 沙汰は追って下される――」

「いや、私の処遇の事ではない。今は、悠長なことを言っていられない事態なのだ」


 女兵士の言葉を遮ったヨーコは、焦燥感を(あら)わにする。


「何の話?」

「大公国軍の次なる作戦を伝えたい」

「仲間を裏切るの?」

「人を(だま)して捨て駒にする連中に、忠誠は誓えない」

「その言葉は信じて良いの?」

「もちろん」

「じゃあ、作戦とは?」

「奴らの昨日までの作戦は、(ぜん)(しよう)(せん)でしかない。三つの都市の急襲――が成功したかは知らないが――それも始まりでしかないのだ。奴らは、三日後に大規模攻勢を掛けてくる」


 ヨーコの言葉に、五人全員が(おぞ)()を震った。

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