14.異世界転移者と異世界転生者
準精霊並みの魔法が使えるレイアだが、まだ体が微精霊サイズなので、最高移動速度は秒速およそ五十センチメートルには変わりない。今はその三分の二の速度で敷地内を探索中で、傍から見ると人がゆっくり散策するスピードで人魂が漂っているかのように見える。
「はうう……。一体、いくつあるのかしら?」
宿舎の建物を十棟ほど調べ上げたところで、ちょうど東の空が白んできて、兵士に卵や肉を供給するために飼育されている鶏達の夜明けを告げる鳴き声が静寂を破り、もうそんな時間かとレイアは立ち止まる。だが、美しい自然の光景を捉えたパノラマ映像の視界には未調査の建物も映り込んでいて、まだまだ終わらないことに嘆息する。と言っても、微精霊が息を吐くわけでもないので、そんな気分になっただけだが。
すっかり太陽が昇りきる頃に終わるのかは甚だ疑問に思えてきたが、ここまで調べてフリーダの所へ帰るのも不甲斐ないので、気を取り直して調査を再開する。
レイアの頭の中で描かれた捕虜を収容する牢獄には、天井近くに鉄格子が填められた小さな窓があった。ドラマとかアニメとかでそんな窓を観た覚えがある彼女は、記憶を頼りに、それと同じ物が建物の外から見えるはずとくまなく探しているのだが、どこまで進んでも記憶に合致する物が現れないので、焦燥感が募る。
心の中のもう一人の自分が『ここには収容されていないのでは?』と囁く。自信が揺らいだところに、『兵士が寝ている横に敵の捕虜がいること自体危険なのではないか?』ともっともらしい理由を突きつけてくる。反論を考えていると、『そもそも、会って何をしたいのか?』と目的を問われた。
空中で停止したレイアは、使い魔で自分を消滅させようとしたヨーコにあえて会いに行くと決めた理由を思い返す。
彼女に会いたいと思った衝動に似た感情はどこから来ているのかを考えると、自分の元いた世界からやって来た同性という親近感、彼女を氷柱で怪我をさせてしまった事への後悔、何故彼女がそこまで精霊に憎悪を抱くのかを知りたいという好奇心が、どれも優越付け難い物として浮かんできた。
ヨーコに会って何から話すべきかと考えながら無意識に漂い始めたレイアが、最初の声かけの言葉を決めかねていると、もう一人の自分が『精霊殺しが精霊にまともな話をするのか?』と追い打ちをかけてきた。
確かにそうだ。話をしても取り合ってくれるのだろうか?
――貴方は日本から異世界転移したのですよね? 私は日本で死んで異世界転生しました。人間ではなく精霊になっちゃいましたが。
――だから、何?
異世界転移者と異世界転生者の違いはあれど、同郷人だから、辛いことも悲しいことも楽しいことも共有したい。心に壁を作って、一方的に話を終わらせるような冷たい態度を取って欲しくない。
レイアが、話し合いが失敗に終わるかも知れないという不安を抱きながら建物の角を右折すると、正面に見えてきた建物の地面すれすれに小さな窓が見えた。あんな低い位置に窓があるのは初めてで、想像通りの鉄格子が填まっている。
あれは、地下牢の窓に間違いない。レイアは、ついに見つけた喜びで移動速度を上げたが、近づくにつれて体が緊張感に包まれた。
「どうしよう……」
行きつ戻りつと前後に揺れていたが、意を決してそろりそろりと窓へ近づく。
鉄格子は縦の鉄棒が五本填め込まれていて間隔も広く、レイアには余裕で通過できる。だが、警戒が先に立ち、棒の横で体を止めて中を覗く。すると、一人用の薄汚い石造りの部屋であることが分かった。
左右に壁があり、正面は物々しい鉄格子で、その先は廊下だ。外は太陽が頭を出した頃だが、部屋にはまだ光が届かない。カンテラみたいな照明も無いので真っ暗だ。でも、レイアは夜目が利くので、中の様子がよく見える。
人気が無いので空き部屋かと思い、さらに進んで部屋の中へ体を半分入れてみると、真下でカタン、ゴソゴソと音が聞こえて来たので、虚を突かれたレイアは反射的に後退した。
だが、好奇心には勝てず、部屋の中が静かになったので、そーっと前進して部屋に入るすれすれの位置で止まり、僅かに体を出して真下の様子を窺うと、こちらを見上げて瞠目する人物がいた。その顔を見た途端、レイアは大きく跳び上がった。
「なんだ、微精霊か。ビビったぜ」
そう言って笑う黒髪黒眼の女性。ヨーコ・ヴォルフェンヴァイラーだ。
驚いた相手に驚かされたレイアは、三メートルほど下で正座の姿勢から左右に足を投げ出したぺたん座りをしているヨーコの右足に視線が向かい、痛々しい包帯姿を発見して心が引き裂かれる思いがした。転生する前は、相手に血が出るほどの怪我をさせたことは一度もない。激しい後悔で謝罪の言葉が浮かんだが、言葉にする前にヨーコが口を開いた。
「微精霊だろうが見習いだろうが、精霊と名の付く物は全部消滅させてやるんだが、この手枷は今は外せないから、まあ、ちょっとの間は生かしてやる」
改めて思う。この人の精霊に対する憎悪は相当な物だ。その原因は何なのだろうと考えを巡らしていると、ヨーコが微精霊から視線を切って俯いた。
「さっさと、行けよ」
「――――」
「邪魔だから、消えろ」
「――――」
「今すぐに」
虜囚の身の彼女は一人になりたいんだと思ったレイアは、投獄されて絶望している彼女に同情したが、もう一人の自分が「何か隠していて、いられちゃ困るんじゃない?」と囁く。その可能性が急浮上したレイアは、立ち去るのをやめた。
よく考えてみると、先ほどの物音が手枷をしているヨーコが立てた音であるとしたら、何をやっていたのだろうか。それに、右足を怪我しているはずなのに、ぺたん座りが出来るのだろうか。さっきの物音は、隠れて何かをやっている所を見つかって慌てていたようにも思える。
疑念が次々と湧いてくるが、いきなり「何をしていたのか?」と詰問できないので、レイアはまず相手との心の距離を縮めることを試みる。ただし、言葉が通じるかは一種の賭けであったが。
「貴方は私の言葉が分かりますか?」
「ああん? うっせいな。消えろって言ってんだろうが」
真上を見上げたヨーコの血走った眼が、視線でレイアを射る。彼女は精霊使いではないのだが、精霊の気配に敏感なだけではなく、微精霊の言葉も解するようだ。これで安心したレイアは、用意していたいくつかの質問の中から、話を打ち切られないような内容を慎重に選んで口にする。
「そんなに精霊が嫌いですか?」
「大嫌いだね」
「何があったのですか?」
「一緒に来た仲間を殺されたから」
「もしかして、貴方は仲間と一緒に異世界から転移してきたのですか?」
微精霊の予期せぬ言葉に驚愕したヨーコは、思わず腰が浮いた。あの動きでは右足が全く痛そうではない。治ったのだろうか。
「何でそんな言葉を知っている? まさか、お前、転移――いや、転生者か?」
「はい。私は日本で死んで、この異世界に見習い精霊として転生しました」
「本当か?」
「ええ、本当です」
レイアは大胆にも窓から滑るように降りて、彼女が視線で追うのをむず痒く思いながらも壁際へ移動し、話し相手の目の高さで止まった。この方が話しやすいというのもあるが、ヨーコが何かを隠していないか探る目的もある。出来るだけ長い話で時間を稼ぎ、彼女の体に違和感がないか、灰色の軍服の隅々まで目を凝らす。
「で、今は微精霊になったと」
「はい」
「なら、日本にいたことを証明……、そうだ、何でも良いから、知っていることを言ってみろ」
ヨーコが拒否モードを完全に解除して話に食い付いてくれたので、レイアは安堵する。
レイアは自分も懐かしく思いながら、ヨーコが知っていそうな都会の名所旧跡や、日本の昔話をかいつまんだ。すると、ヨーコはしきりに頷き、情報を補足したりもした。
「そこまで知っているとは、本当に転生者なんだな」
「はい」
「いやー、驚いた。マジかよって感じ」
ヨーコが遠い目になり、頬が緩む。
「私は真樹嶌レイア。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「界樹洋子。こっちじゃ、ヨーコ・ヴォルフェンヴァイラーって名乗っている」
「ヴォルフェンヴァイラーってどういう意味なのですか?」
「詳しくは知らんが、名付け親からは『狼の屋敷』だとか何とか言われた気がする。それより、見習いから微精霊になるまで、どのくらい時間がかかるんだ? ――いや、何年前に死んだのかなと思って」
「一日です」
「――――」
ヨーコの目が点になるので、レイアはうっかり笑いそうになった。
「ちょっといろいろあって、急成長したのですが」
「おいおい、人造精霊じゃあるまいし。冗談だろ」
急に、人造精霊のカルラ達の顔を思い出したレイアは、前から気になっていた人造精霊の事を聞き出すチャンスだと思って、ヨーコへ身を乗り出すように近づいた。
「その人造精霊って、何ですか?」
「精霊のくせに知らないのか?」
「はい」
「なら、教えてやる。今、この異世界の各地で行われている戦争は、精霊使いと精霊の能力が勝敗を決める。いや、精霊の能力が決めると言って良い。天然物――ってみんなは言っているが、精霊の森で契約する天然物の精霊には当たり外れがあるから、人工的に強力な精霊を量産しているのだ。しかも、面倒な契約の行為が要らないし、自分が死ぬまで人造精霊は従っているし」
ヨーコがここまで能弁になるのは、レイアには意外だった。
「人造精霊は、使い捨ての兵器なんだよ、この異世界では。馬鹿げているだろ? そうまでして戦争がしたいかと? そう。したいんだよ。どいつもこいつも、殺し合いを」
拳に力を入れて手枷を揺らした彼女は、急に沈黙した。何かを回想しているのだろう。
「どうしたのですか?」
「――仲間のことを思い出してな」
短い沈黙を破ってそう切り出したヨーコは、涙ぐんで過去を語り始めた。
□■□◆□■□
ヨーコは大学三年の時に、同じサークル仲間十人と三台の車に分乗してキャンプ場に出かけたが、あるトンネルをくぐった所で異世界に転移した。
転移した場所は鬱蒼とした森の中で、車も動かせない。食糧が尽きた彼女達が徒歩で森を抜け出して途方に暮れていると、村人の通報で警備隊が駆けつけたが、その中にいた魔法使いが彼女達に魔法の適性があると見抜いた。それから彼女達は練兵所に連れて行かれ、戦闘用の魔法使いの訓練を受けた。
一ヶ月後に戦争に駆り出されたが、いきなり最前線に立たされた。戸惑っていると、先陣を切って現れた敵の精霊使いと精霊の攻撃で、味方が潰走を始めた。殿を務めた彼女達は精霊の容赦ない攻撃に晒され、ヨーコを除いて九名が惨殺された。ヨーコが助かったのは、精霊使いを殺して精霊が消えたからだ。
その後、ヨーコは国を出奔し、各地を転々として傭兵として生活した。戦うときは常に先頭に立ち、仲間の復讐のために、ひたすら精霊使いと精霊を狙った。
□■□◆□■□
「仲間の数だけ精霊使いを殺そうと思って、そりゃもう夢中だった。そうしたら、いつの間にか、その倍は殺したがな」
「――――」
「精霊を消された精霊使いの絶望する顔は、見ていて快感だぞ。それから、命乞いをする精霊使いをなぶり殺しにすると、フルコースを堪能した気分になる。達成感で天にも昇る心地だ」
「――――」
「人造精霊を消された奴は、全財産を失ったように泣きわめく。そりゃそうだろう。私財を投げ打って兵器を買うんだから。だが、同情はしない。するもんか。仲間を殺したのは、人造精霊だからな。それ相応の事はさせてもらう」
過去を語るヨーコは、ますます饒舌になり、狂気を帯びてくる。元いた世界を二人で懐かしんでいた時間は、瞬く間に過去の物となり、目の前には人殺しまで喜々として語る鬼の顔が暗闇に浮かんでいる。
「そいつをどうやって殺すか、聞きたいか?」
もちろん、この問いかけにはレイアは答えず、彼女の狂気に飲まれないように彼女の行動を冷静に観察する。
さっきから身振り手振りを加えているが、手枷を不自由に感じている様子はない。足は完治しているみたいで、すぐにでも立ち上がれそうだ。また、軍服のポケットが膨らんでいる気がする。何が入っているのかは、外からでは分からないが。
「おっと、誰か来たな」
廊下に足音が響いて、灯りと共に誰かが近づいてくる。すると、鉄格子の前に右手にお盆と左手にカンテラを持った紫マント姿の人間の女兵士が現れた。
「誰と話していた?」
「誰だっていいだろう」
「そこの微精霊か」
女兵士がレイアの方へ顎で指し示す。だが、彼女はレイアの事を単なる微精霊と思ったらしく、すぐに視線を切る。
「食事を持ってきた」
「だったら、この手枷を外せよ」
「魔法使いだから外せない」
「犬食いしろってか? うちの母さんから、はしたない真似をするなと言われていてね」
「うるさい。食えるだけましだと思え」
「そうかい、そうかい」
と、その時、女兵士の前で鉄格子の鍵が独りでに落下し、扉が勝手に開いた。驚愕した彼女は、二歩下がって鍵に目を落としてからヨーコへ視線を向ける。
「何をした!?」
「熟練の魔法使いには、こんな魔法を無効化する手枷も鍵も無意味なんだよ」
「――――」
「しかも、部隊のど真ん中に狼を置いてくれてありがとうよ。これから腹を空かせた凶暴な狼がお前達を狩りに行かせてもらうぜ」
そう言って、ヨーコは手枷を外し、身軽に立ち上がる。
「怪我をしていたのではないのか!?」
「治癒魔法なんか、寝ていても使える」
「騙したな!?」
「騙されるのが悪い」
ほくそ笑むヨーコはポケットから短剣を取りだして、女兵士目がけて突進を開始した。ところが――、
「畜生! 誰だ、魔法を掛けやがったのは!」
牢獄に、悲鳴に似たヨーコの声が木霊する。彼女の足下には、直径二メートルの円形の氷が張っていて、そこから柱のような氷が延び、駆け出す格好の彼女の顎から下を完全に閉じ込めていた。難を逃れた女兵士は応援を呼ぶため、その場を逃走する。
氷漬けのヨーコの横で床に転がるレイアは、魔法を使いすぎて光も弱くなり、目眩を起こして声も出ない。本当は、頭まですっぽり氷漬けするイメージだったが、魔力が足りなくて口から上が露出した形になった。下から見上げるレイアは、これでもとにかく足止めが出来て良かったと安堵する。
「微精霊と話をしないで、さっさと決行していれば良かった! 畜生! あと一歩で敵を壊滅できたのに!」
「服に隠している魔石は使うな。お前も死ぬぞ」
小窓からうっすらと朝日が差し込んで光の筋が現れ、その中に二つの金眼がある白い毛玉が浮かび上がり、声を発したのでヨーコは瞠目する。姿を消していたクルツが、主の召還なしで、自ら登場したのだ。
「あっ! あの時の貴様か!」
「そうだ。立っていられるとは、怪我を自分で治したようだな」
「この魔法は貴様がやったのか!?」
「まあ……そういうことにしておこう」
「クソ! こっちの計画を悉く潰しやがって!」
「それより、服に隠している魔石は使うな」
「――――!」
クルツは、仰天するヨーコに近づいて金眼を半眼にする。
「お前が持っている魔石には、強力で手がつけられないほどの邪精霊が隠されている」
「な、なぜ分かる?」
「臭いで分かる。服に隠してもな」
「――――」
目が泳ぐヨーコに、クルツがさらに近づいて問い質す。
「誰に持たされた?」
「それは……言えない」
「解き放たれたその邪精霊は、悉く人間を食らう。お前も例外ではない。そんな魔石を誰に持たされた?」
「…………」
「大方、お前が味方だと思っている狼人族の奴らだろうな。お前が捕らえられた時、敵陣でその魔石を使うように命令されたのだろう? 違うか?」
「…………」
「どうせ、『持ち主は助かる』とか嘘を吹き込まれたのだろう。使えば巻き添えで確実に死ぬのに。――所詮、奴らの捨て駒だったのだ、お前はな」
氷漬けにされたままのヨーコは、味方に騙された悔しさで血が出るほど唇を噛み、堰を切ったように涙が溢れ、慟哭した。




