13.魔法使用の代償
術者の死によってこれ以上土の中へ沈むことはなくなったアメリアだが、軟らかかった土が魔法を掛けられるよりも前の堅い状態に戻ってしまったので、風呂に浸かっているような体勢から自分の体を引き抜くことが困難だと気付いた。
そこで、五人の騎兵の力を借りることにしたが、彼らも引く抜くことにはお手上げの状態。生憎、手元には土を掘る道具など無い。サーベルで掘る訳にも、まさか体に縄の代用で手綱を結わいて引っ張るわけにもいかず、素手で土を掘ってもらったが、土は意外に堅く、慣れない作業に騎兵達は溜め息を吐いたり苦笑したりで作業が途絶えがち。彼らの指が掻き出す土の量から救出が難航することは想像出来たので、アメリアは住人の応援を借りる提案を行い、その役目を買って出た騎兵の一人が町へ駆けていった。
「ねえ、フリッツの足を氷漬けにしたのはレイアよね?」
「……はい」
アメリアが後ろを振り返って、地面に転がるやや弱い光を放つ球に問いかけると、微精霊の殊勲を称える騎兵達も一斉に視線を向けるが、レイアの返す声には疲労感が漂う。もちろん、この場でレイアの声が聞こえるのはアメリアとクルツだけなので、騎兵にはそれは気付かれていない。彼らは二人がどんな会話をしているのかを推測するため、精霊使いの次の言葉を待つ。
「ありがとう。お陰で助かったわ。これでまた借りが増えたわね」
「いえ。借りだなんて――」
「契約している訳じゃないから、借りよ」
「本当は……全身を氷付けにするイメージだったのですが……力尽きて」
「いめーじって魔法の名前?」
「いえ、違います」
「精霊の言葉?」
「――はい」
宙に浮いていたクルツが下降しながら「そんな言葉、知らんぞ」と金眼を半眼にした。動揺で小さく揺れるレイアに、アメリアは桜色の唇を緩める。
「とにかく、上出来よ。――レイアは命の恩人ね」
「それはそうと、敵とはいえ、いつまでもあんな格好をさせておくのは気の毒だ。レイア、魔法を解いてやれ」
「はい――」
「待って待って! こっちに向かって倒れてくるから! 怖いから! 私がここから出るまで待って!」
「目の前にいるのも怖いだろうに」
騎兵はクルツの声が聞こえるので、精霊と精霊使いの掛け合いに吹き出す。彼らの笑い声は、戦いで凸凹になって無残な姿に変貌した草原の上を撫でる風に乗った。
「ねえ、クルツ。シュタルクは消えたのよね」
「ああ。『また精霊使いと契約かよ』と大層悔しがっていたな。そろそろこっちも危なかった頃だから、消えてくれて本当に助かったぞ」
「クルツを苦しめる精霊だったのね。上には上があるってことね」
「おい、奴とは互角だぞ。そこは譲れんな」
「こだわるわね」
「当然」
空を見上げてミミズクの姿がないことを確認するアメリアの双眸には、雲に隠れようとしている半月が映る。彼女は「それはそうと」と口にして騎兵達を見渡すと、
「半年前に起きたクラインローテンベルゲン公国の連続猟奇殺人事件の犯人が分かったわ」
「本当ですか!?」
「この子一人の犯行よ。間違いない」
顎でフリッツの方を指し示したアメリアは、色めき立つ騎兵の顔をもう一度見渡した。
「私を殺す前に、どういう風の吹き回しか、自分の過去の事を教えてくれたんだけど、父親殺しの復讐のために精霊使いになったんだって。そうして、父親殺害に関係した全員を親戚縁者もろとも殺したって自慢していた。ほんと、悍ましいわ」
「――――」
「それでいて、シュプレンゲルの人々を避難させてから町を破壊しようとした。その点、殺人を快楽とする極悪人じゃなかったみたい。――憎悪の感情で突然理性を失って暴走を止められなくなったのね。そういう人、軍部にもいるけど」
「まあ、誰とは言いませんが」
「ここだけの話よ」
「もちろん」
一人の騎兵の言葉に皆が首肯するので、どうやら彼らの頭の中で一斉に顔が浮かんだ人物がいるらしい。それが第二大隊長のシュルツの事ではないかと推測したレイアは、急に自分の体に何らかの変化が始まった事に気付いた。今まで短時間で水系の魔法を使いすぎて目眩がしていたのだが、さらに痛覚を感じ、熱まで上がってきた。尋常ではない事態に、レイアは狼狽える。
『どうした?』
不意に念話でクルツから問いかけられたレイアは、毎度のことだがクルツはなんて勘が鋭いのだろうと感心するも、体の変化に底知れぬ不安があるので真正直には答えられず、話題を変えることを試みる。
『大丈夫です。それより、アメリアさんから連続殺人事件の話を聞いて、大精霊ヒルデガルト様の転生前の話を思い出しました』
『ああ、あれか』
『ご主人様が黒猫に転生し、関係者の一族を殺して復讐を遂げたあのお話は、今回のと似ています』
『似てるかどうかは別として、それには後日談があるのだ』
『え? そうなんですか?』
『俺からは言えん。側近になったら教えてくれる。それまでお預けだな。それより、レイア』
『は、はい』
関係ない話題へ飛ばしたのに戻されたレイアが何を言われるのか不安に思っていると、クルツが歩み寄ってきた。体の調子を外から詳細に観察するのだろう。金眼でジロジロと見られて、レイアはむず痒くなる。
『かなり魔法回路を酷使したな』
『夢中でしたから、つい』
『加減を覚えろ。いずれ壊れるぞ』
『――――』
『微精霊の体で準精霊並みの魔法を使うことがどれだけ大変なことか、よく考えろ』
『すみません』
『初めての魔法を使って魔法回路も成長したようだが、如何せん体が付いていかない。精霊界よりもマナが少ない人間界では、体の成長が遅いから、その均衡も考えないとな』
『はあ』
クルツの忠告は有り難いが、具体的にどうしろとは言ってくれていないので、レイアはあまり納得してはおらず、曖昧な返事しか出来ない。どうも、魔法を使うと魔法回路が鍛えられ、マナを十分貯め込むと――おそらく、それを糧として――体が成長するので、両者のバランスを図ることが大切だと諭しているのだろうと推測したが、それだけで良いのかはまだ分からなかった。
しばらくすると、町の方から五つのカンテラの光とたくさんの人影が近づいて来た。町の人が商店にあった新品の鋤や鍬の農機具を手にして、騎兵の道案内で応援に駆けつけてくれたのだ。
「恐ろしいゴーレムを退治してくれて助かったよ」
「町中じゃなくて、ここで戦ってくれて建物が破壊されず、本当に良かった」
「相手も凄かったけど、こっちも凄かったぜ」
「これなら南北から攻撃されても、敵を追い返せるな」
口々に賛辞を送る町の人々の笑顔が、カンテラの光で闇の中に浮かび上がる。彼らに笑顔で応じるアメリアは、土が掘り進み、両脇を抱えられ、呪縛も解けた泥まみれの体で地上に立ち、満面に笑みを浮かべて全員に感謝の意を表した。でも、笑顔とは裏腹に、気分は全く晴れなかった。
――南北から攻撃されても、敵を追い返せる。
それは、常に自分が戦闘で危険な最前線に立ち続けることによって達成される内容だ。強力な精霊を排除するには、精霊使いを殺せばいい。そんな身の危険を常時感じて日々を生きていく精霊使いの気持ちも知らないで、と彼女は思ったが、町の人の素直な感情である事を考えると面と向かって非難は出来ない。だから、彼女はこの場では笑顔の仮面を被り続けた。
すでにフリッツは魔法を解かれ、地面へうつ伏せに倒れていた。カンテラの光は刺撃による裂け目と血の染みが大きく広がる彼の黒ローブの背中を映し出し、その陰惨な光景を直視できないアメリアに敗者の結末を見せつける。
これが未来の自分の姿と重なる彼女は、フリッツが今にも顔を上げて『お前もいずれ同じ運命を辿るのだ』と嗤うように思えてきて、遺体に背を向けても有りもしない視線を感じて気味が悪い。
「是非この町に留まってくれ」
「良い町だよ。住む所に最適さ」
「町の自慢の男を紹介するよ」
好意に聞こえる住人達のこれらの言葉は全て、精霊使いを用心棒代わりに考えている見え透いた誘い言葉。二人の騎兵が、対岸に敵影がないことを確認しに戻ってきた機会を利用して、アメリアはレイアが入ったガラスの小瓶をポケットへ押し込み、クルツに改めて礼を述べて姿を隠してもらい、救出の応援に来た町の人へ深々と一礼した後、騎兵達と帰途についた。
「精霊を抱きしめないのですか?」
右横を走る騎兵から揶揄いではない言葉をかけられたアメリアは、「汚れるから」と笑うが、姿を消して彼女に随行するクルツは、その理由が全てではないと理解していた。
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「白のクルツ様! 師匠! お疲れ様です!」
「今回は、二人とも大活躍だったの。レイアには命を救われたわ」
「それは凄い! さすがは師匠ですね!」
姿を現したクルツと、ガラスの小瓶を顔の高さまで上げて微笑むアメリアの前で、フリーダが大きく上下する。騎兵達の作戦成功の報告を受けて、帰還を待ちわびていた兵士達は歓声を上げ、シュルツ大隊長は我が事のように喜ぶ。
すでに、何度かシュヴァイツァーの鷲とフリーダがグリューンブリュン大公国軍の偵察に出かけていて、街道を抜けて野営地――レイア達が偵察に向かった草原――にまで戻ったことを確認していたので、橋も落ちたことだし、敵が不意に攻め込んでくることはないと考えたシュルツ大隊長は、二つの中隊を偵察用に残して、残りは全員宿舎へ戻る命令を下した。帰途中に聞いた「今回大活躍だったアメリアをここに一人だけ残して他は撤収する」という騎兵の冗談を本気にしていた彼女は、そのような鬼みたいな命令が下されなくて安堵の胸を撫で下ろした。
兵士達がヴァインベルガーの宿舎の敷地に足を踏み入れたのは彼は誰時。昨日から戦闘続きだった兵士達は、これから明けようとする東の空の薄い光を見つめて南北の戦闘の強行軍を――と言ってもほぼ移動ばかりで戦闘はどちらもアメリアがメインだったのだが――振り返り、疲労により重くなった足取りで宿舎へ向かった。
アメリアは、挨拶のためだけにクルツを召還することはせず、ガラスの小瓶の中からレイアとフリーダを解放すると、笑顔で軽く手を振り、仲間と一緒に宿舎へ吸い込まれた。
「師匠、これからどうします?」
朝だから起きるとか夜だから眠るとかという概念がない微精霊は、何もやることがないと時間帯に関係なく漂っているか姿を消しているかである。フリーダの問いかけに、少し考えたレイアは、まだ熱っぽい体を休めるよりも、気がかりな点があるのでそれを確かめることを優先した。
「ちょっと行きたい所があるの」
「宿舎の探検ですか?」
「それに近いわ」
「是非行きましょう! 手始めに、どこへ行きます?」
興奮して上下に揺れるフリーダに対して、レイアは申し訳なさそうに答える。
「あのー、悪いけど、一人にさせて」
「えー! そんなぁ……」
「ちょっと、内輪の話をしたい人がいるの」
「そうですか。分かりました。師匠の言うことなら、何でも聞きます!」
「ありがとう」
「ここで待っていますからね!」
それから、レイアはフリーダを残して、敷地内にある牢獄らしい場所を探し続けた。
――なぜなら、そこにはヨーコ・ヴォルフェンヴァイラーが収容されているはずだから。




