12.決着は突然に
「暗くてあまり良く見えないけど――そっちから来たってことは町の人じゃないね。マント羽織っているから辺境伯軍の人?」
「そうよ。いいから、町の破壊はやめなさい!」
「女の子が兵隊さん? ふーん。辺境伯領も人手不足ってことか」
情緒溢れる月下での若い二人の出会いは、人目を忍ぶ逢瀬とはかけ離れた敵味方の遭遇だが、フリッツは緊張の素振りを微塵も見せずに、シニカルな笑いで応じる。
「一人で来たの?」
「そうよ」
もちろん、嘘である。五名の騎兵は、林の中で竜ごと身を潜めている。精霊使い同士の戦いに最初から兵士を投入すると、経験上真っ先に排除されるので、窮地に陥った場面で飛び出してもらうようにお願いして、隠れてもらっているのだ。
「ご苦労様。僕とおんなじ立場だ。一人でなんとかしろって、上の連中は言うよね。奴らは精霊使いを矢面に立たせて、自分達は後ろで隠れている。ずるいって思ったこと、ない?」
少年がすでに背後の騎兵の存在を感づいているのかと疑ったアメリアの心臓は跳ね上がる。彼女は彼が一般論を口にしているのだろうと推測して気持ちを落ち着かせるのがやっとだ。
「今、僕は上官から町の破壊命令を受けてやっているだけ。文句があるなら上官に直訴してくれ」
大通りで足踏みをして石畳の道に竜車や荷車が通れないほど凸凹を作っているゴーレム達に、少年が右手の親指を向けてから肩を竦める。
「あれを止めてくれってね」
「大公国軍に直訴するより、ここで止める方が早いわ」
アメリアは威嚇のためにサーベルを抜いて刃先を少年の顔へ向けるも、まだ動揺が残っていて、震える刃先は下がり、少年の太腿の方を向いてしまう。
「おや、そんな物騒なものを振り回すつもり? 僕は町のみんなを怪我させないように避難させてから破壊行動を始めている平和主義者なのに」
「その理屈が理解できないわ」
「理解しようとしていないだけ」
「屁理屈をこねるなら、いい加減、斬るわよ!」
「ふーん、そっちがその気なら、奴らに町の人を襲わせてもいいんだけど。怪我人が出たら君のせいだよ。大声で言いふらしちゃうよ」
威嚇に威嚇を返されていったん剣を納めたアメリアは、月の光に照らされている五体のゴーレムに目をやる。
「おーい、シュタルク。この女の子の兵隊さんがこれからどうするか、見物しようじゃないか?」
少年の呼びかけに、建物の前で破壊指示を待っていたシュタルクが滑翔し、彼の右肩付近で羽ばたいて減速してから止まった。
「痛い痛い。羽が頭に当たるよ。ストンと上から着地出来ないのかい?」
「無理だ。我慢しろ」
月明かりがボンヤリと照らすミミズクの毛は暗い色なのでほぼ影の状態でしか見えないが、あれがクルツと互角の精霊かと思うと、あんな小さな体でも計り知れない力を持っている事実に恐怖を覚え、思わず唾を飲み込んでしまう。
「ん? あいつ、精霊使いじゃないか?」
「え? 単なる兵士じゃないの?」
「お前は経験が浅いから気付かんだけだ。俺には分かる」
せせら笑う少年を睨みつけながら策を巡らしていたアメリアは、ミミズクに正体を見破られて浮き足立ち、兵士だと油断させておいて突然クルツを召還させて彼を倒す策が選択肢から消えた。
「何何? あの狼が言っていた『精霊ごと精霊使いを始末する』って案が、ここで急浮上?」
獲物を前にした野獣のような目つきになった少年の横を素速く駆け抜けたアメリアは、道の破壊を続けるゴーレムをとにかく止めるためにひた走る。自分は火の魔法しか使えないので、五体を相手にするのは困難。何か妙案はないかと走りながら頭をひねる彼女は、ポケットに手を入れて小瓶の感触に気付く。立ち止まって微笑んだ彼女は、瓶を取りだして蓋を開け、中を覗き込んだ。
「ねえ、レイア。水の魔法が得意よね?」
「はい」
「なら、こいつらを出来るだけなんとかして!」
「やってみます」
ガラスの小瓶の中から浮上したレイアは、焦燥感に駆られて曖昧な指示しか出せないアメリアの胸の前で、冷静にゴーレムを見上げる。レイアの頭の中では、土で出来た人形を倒すのはこれしかないと思いついた案があったが、この異世界に転生して一度も実行したことがない。そんな初物がどれほどの効果があるのかは分からないが、後はクルツさんが何とかするだろうと思うと気が楽になって、案に心が傾いた。
「派手にやりますから、離れてください!」
こんな事を微精霊に言われても普通は子供だましみたいな魔法しか出来ないだろうと高をくくるが、レイアの場合は桁が違う。それが分かるアメリアは、跳ぶように十歩以上後退した。
「――っ!」
瞠目するアメリアは、言葉を失った。五体のゴーレムそれぞれの真下に五つの水色に輝く魔方陣が出現したかと思うと、轟音を響かせて回転する水柱が胸の付近の高さまで上がったのだ。
レイアのイメージは、縦型洗濯機の水槽で起こる水流だった。これでゴーレムを洗浄――いや、破砕する。この思惑は功を奏し、腹から下が崩れたゴーレム達は、泥濘に胸まで填まった哀れな状態で動けなくなった。
これで心置き無く戦えると笑みを浮かべたアメリアは、「ちょっとクラクラする」と言って落下を始めたレイアをガラスの小瓶で受け止め、蓋をしないでポケットに押し込んでから、消沈する少年の前へ走って戻る。
「なんだ、水の魔法の精霊使いか。相性が悪いな」
「なあに、吹き飛ばしてやるわい」
ミミズクの影が舞い上がったので、攻撃を予測したアメリアは、いよいよ切り札を召還する。
「――我の前に顕現せよ。火の精霊クルツ」
「なにぃ!?」
精霊が動揺して少年より後ろへ後退したので、彼女はもしかしてこの相手にクルツが勝てるのではないかと期待で大いに胸が膨らむ。白い煙と共に現れたクルツは、シュタルクと同じ高さに浮かんだ。
「よう。亜麻色のシュタルク。久しぶりだな」
「白のクルツ! お前、あれほど水の魔法の精霊使いを毛嫌いしていたくせに、何を血迷って契約したのだ!?」
「しとらんぞ。お前の目も鈍ったか。あれは、火の魔法の遣い手だ」
「――――」
「はははっ。嘘だろうというお前の顔が愉快だ」
「両方使えるのか?」
「――ま、そう思っておけ」
「それはそうと、精霊界での延長戦を人間界で行うことになろうとはな」
「ああ、本当だ。何の因果かな」
「ふっ、腕が鳴るぜ」
「羽だろうが」
二匹の精霊を交互に見上げていた少年が、ニヤリと笑った。
「そうか。シュタルクの知り合いと契約した精霊使いか。これは面白い。では、戦う前にお互い名乗るとしよう。僕はフリッツ・エーレンシュタイン。シュタルクの契約が初めての駆け出しだけど、よろしくね」
「私は、アメリア・ゾンネンバウム。クルツは三回目よ」
「ぷっぷっぷっ。失敗経験者か」
この手の嘲笑は精霊使い同士でよくある挑発なので、唇を噛むアメリアだが、ここでは即座に攻撃を仕掛けない。経験上、先に仕掛ける――手の内を見せると負けることが多いのだ。
「場所が悪いわ。向こうの原っぱでやりましょう」
「――まあ、いいよ。アメリアを倒してからゆっくり町を破壊するさ」
「いきなり下の名前で呼ぶなんて、失礼ね」
「いいじゃないか。僕のことはフリッツでいいよ。僕は十五歳だけど、アメリアはいくつ?」
「女の子の年を訊くなんて失礼なんだけど、……同じよ」
「なんだ、一年以内で三回も契約。これは笑える」
精霊使いになれるのは十五歳から。フリッツが年齢を訊いたのは何年で何回契約した事を知りたかったのかと気付いた彼女は、同年代の精霊使いという仲間意識でついうっかり答えたことに激しく後悔した。だが、町を巻き込まない戦いに乗ってくれたフリッツとシュタルクへの感謝で怒りを少し静めることが出来た。
町に背を向けて林を横に見ながら通り過ぎ、だだっ広い草原に出た二人と二匹は、フリッツの合図で戦闘を開始した。
上空では巨大な火柱を噴くクルツと、竜巻で応酬するシュタルクの戦いが繰り広げられ、地上では右の掌から火炎弾を掃射するアメリアと、土壁で防衛したり進行方向を妨害したりして、不意に出現する落とし穴へ追い込み、相手の落下を狙うフリッツの攻防が展開する。
時折上空に目をやると、精霊同士は全く決着が付きそうにない、がっぷりと四つに組む戦い。一方、精霊使い同士も似たり寄ったりだが、炎の光が消えると暗闇で視界が悪くフリッツの仕掛けた穴に落ちそうになるので、火炎弾を連射して灯り代わりにする必要がある。
「ねえ、水の魔法は使わないの?」
「――――」
「さっき使ってたみたいの。奥の手で使おうとしている?」
目の前の戦いに夢中でレイアの事がすっかり頭から抜けており、彼に言われて思い出したアメリアだが、突然に両足が地面にめり込んでいくので、意識がポケットに突っ込んだ右手から足に持って行かれた。抜こうにも、土の中にいる何者かが足首を掴んでいるみたいな力が掛かっていて抜けず、みるみる地中へ引っ張られる。
「やっと捕まえたよ。落とし穴ばかり気にしていただろう?」
「――っ!」
「それ、底なし沼と同じでね。抜け出るのは不可能だよ」
無防備に近づいてくるフリッツの姿が、クルツの炎の光に浮かび上がる。不意を突いて右手を突き出して掌から火炎を放射したが、瞬時に土塊が頭の高さまで盛り上がって土を部分的に焼いただけで終わった。一方で、太腿から下が軟らかくなった土の中にズブズブと潜っていくので、ポケットから小瓶を取り出して彼から見えないように背後へ放り投げる。幸い、瓶は自分と同じ運命を辿らず、地面の上に転がった。
「そうだ。体を動けなくしないと。魔法を使われると拙いからね」
フリッツが土壁の裏でブツブツ言うと、アメリアは両腕が勝手に地面の方を向いて直立の姿勢で金縛りのように動けなくなった。
忽ち、腰、腹、胸と沈んでいき、今は肩から上が地面から出ている状態になったが、何故かそこで止まった。それは、土壁の横から顔を出したフリッツが別れを言うための配慮だった。
「さようなら、アメリア。会ったばかりなのに残念だけど、君の精霊に勝つためには、これしか方法がないんだよ」
「精霊使いを殺すのね」
「当然」
「平和主義者とか言っていなかった?」
「その主義は今も変えていないよ」
「なら、何故こういうことをするの?」
「愚問だな。さっき言ったじゃないか」
「本当に殺すのね。貴方、人を殺したこと、あるの?」
「ある。最愛の父さんを殺した奴らを全員ね。その家族も親戚縁者も皆殺し。何十人いたか数えていないけど」
「――――」
「父さんの復讐のために精霊使いになったのさ」
「復讐は果たせたのじゃない? なら、何故まだ精霊使いを続けているの?」
「困っている人を助けるため」
「――――」
「グリューンブリュン大公国の戦争孤児の困窮ぶりを見ていると、無性に腹が立ってね。稼いだ金の一部を彼らに寄付しているのさ。――誰がこんなことをしたのか? それは、あんた達が忠誠を誓う辺境伯だよ」
フリッツが肩を竦めて、首を横に振った。
「ま、人殺しをする兵隊さんは気にもしないだろうけど、残された家族はたまったもんじゃないよ。だから、精霊使いを続けて戦争に参加しているわけ。――さてと、長話もここまでにして、そろそろ埋まってもらうね」
彼の右手の人差し指がアメリアに向けられると、
「ん? ……あ、シュタルクの奴、僕の魔力を持って行きやがった! 畜生! 勝てないからってこんな時に!」
地団駄を踏んで上空を見上げたフリッツだが、「はあ、仕方ない……」と項垂れると、懐から短刀を取りだした。
「悪いね。それ以上埋まらなくなったから、刀の力を借りることにしたよ」
「ホント、平和主義者に殺されるなんて最悪よ」
「さようなら――って、二度目か」
フリッツが刀を振り上げて一歩前進したその時――、
「あれ? あれれれ? これをやったの、アメリア?」
足下を不思議そうに見つめるフリッツにつられてアメリアの視線が刃先から地面へ移ると、彼の足下に直径1メートルの円盤状の氷が出現していて、彼の脹ら脛まで水が波のように押し寄せてそのまま氷結したようになっていた。体を前後に揺らして体重を掛けても氷はひび割れも欠けもせず、完全に両足を固定している。
「へへーんだ。氷で足止めしても、刀を投げればいいからね。お生憎様」
クルツが連続して繰り出す炎の光が、点滅するかのように、フリッツの凶悪な顔を闇に何度も浮かび上がらせる。
「食らえ!」
彼が思い切り振りかぶって投げた短刀は、即座に右へ首を大きく傾けたアメリアの左耳を掠めて後方の地面へ斜めに突き刺さった。そこには、蓋のないガラス瓶が転がり、地面の上でやや弱いながらも光る小さな球が見えた。
「――微精霊?」
フリッツが見覚えのある微精霊とは違う不思議な輝きに目を奪われていると、背後から駆けつけてくる複数の足音が聞こえてきたので、彼は慌てて振り返る。
だが、遅かった。
背後にはサーベルを槍のように突き出して突進する騎兵がいた。刀身の三分の一が両刃になっているサーベルは突き刺しの役目を存分に果たし、氷で足止めされたフリッツは背中からの刺撃で心臓を貫かれた。彼の吐く息は声にならず、痛恨の結末に唇を歪めて正面に向き直り、アメリアを睨み付けたようにも見えたが、すぐに白目を剥いて首を折り、立ったまま絶命した。




