11.単独攻撃
橋を燃やされて街道で立ち往生したグリューンブリュン大公国軍は、そのまま待機状態になり、大隊長が集まって今後についての協議が行われた。十分後にハイネマン大隊長が戻ってきたので、フリッツと待っていたテオが出迎えた。
「ハイネマン大隊長。どうなりました?」
「話にならん。上流に行けば川幅が狭くなっている場所があるから、流れは速くてもそこを何とか渡河して、シュプレンゲルの町を攻略出来ると言ったのに、他の大隊長が『そこに精霊使いが現れるかも知れないから』と首を縦に振らんのだ。すっかり怖じ気づいている。全く、腰抜けどもめが」
テオが大隊長にこれからの作戦を尋ねると、ハイネマンは軍帽を脱いで頭を掻きむしり、耳をピクピク動かして忌ま忌ましそうにそうこぼした。
「それはそうと、テオ、ちょっと来い。今後の話がある」
ハイネマンがフリッツに背を向けて兵士達の集団から離れたので、その意図を解したテオが後ろをついていった。
「あの人間は信用できるのか?」
テオが左に並んだのを確認したハイネマンが、小声で囁く。もちろん、精霊使いの噂をしていることは悟られないように、フリッツの方へは振り向かない。やはりそのことか、と合点がいったテオは小さく肩を竦める。
「信頼できる知り合いからの推薦、という理由で信用している程度です」
「つまり、全幅の信頼はない」
「ええ、まあ。初めてですし」
「今回のヨーコの件で、上層部の間で人間への不信感が広がっている。この先、本当にあいつを連れて行って良いのかと。さっき『他の大隊長が首を縦に振らん』と言った理由の一つでもある」
「なるほど」
「詰まる所、攻略するとしても狼人族だけでやるという意見が多いのだ」
「あの状況でも?」
テオが、まだ音を立てて燃え続ける橋へ視線を向けるので、ハイネマンもその視線を追って眉根を寄せる。
「あの通り、今回、敵の精霊使いが契約した精霊は強敵です。我々では太刀打ちできません」
「なら、テオはあの人間が敵の精霊に勝てると保証できるのか?」
「――――」
「出来ないだろう?」
少し考えたテオが妙案を思いついて微笑し、白い牙を見せた。
「では、こうしてはどうです? フリッツを単独で敵地に潜入させて暴れてもらい、そこに敵の精霊使いを釘付けさせる。我が軍は、その間、予定通りに三都市を攻め落とす」
「ほう。どうせ暴れるなら、一つの都市を任せよう。徹底的に破壊させるのだ」
「なるほど。そっちの方が効率的ですね。我々は二つに集中する」
話がまとまったので、ハイネマンがもう一度大隊長を集めて協議すると、十分後に渋い顔をしてテオの所へ戻ってきた。
「どうしました? また断られたのですか?」
「なんで分かる?」
「いや、浮かない顔をしていますから、何となく」
「精霊使いを呼べ」
「――――?」
「いいから、呼べ」
不思議そうな顔をするテオがフリッツを手招きすると、フリッツは再び面倒くさそうに近づいてきた。
「何?」
「大隊長からご命令があるから、よく聞け」
「今からシュプレンゲルの町を破壊しろ」
大隊長が唐突に下した命令に、テオとフリッツは顔を見合わせてから同時に大隊長を見つめる。
「この人から『精霊ごと敵の精霊使いを始末してこい』と言われたんですが」
「竜を一匹貸してやる。それに乗ってこの川沿いに上流に向かって進めば、対岸にシュプレンゲルの町が見えてくる。そこで一暴れしてこい」
「そこに敵の精霊使いがいるのですか?」
「暴れれば来るだろう」
「そんな適当な――」
「いいから、命令に従え!」
「護衛は付くのですか?」
「そこにミミズクがいるだろう! さあ、竜を選びに行け!」
一人で町を破壊してこいという突拍子もない作戦に目を丸くするフリッツだったが、大隊長の剣幕に不承不承ながらも引き受け、テオを一度睨み付けてから背を向けて、騎兵のいる所へ竜を借りに向かった。
項垂れた彼の背中を見送るテオは、これは精霊使いの力量を試す作戦だと解釈した。破壊に成功すれば、元々その町は攻撃対象であったし、先鋒隊殲滅に対する報復も兼ねて一石二鳥。失敗すれば、その程度の精霊使いだと烙印を押して追放する。どちらも自軍には被害が及ばない。テオは「考えたな」と呟き、大半が焼け落ちた橋に目をやった。
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橋から五百メートルほど離れた所まで後退したアメリア達の第三中隊は、第二大隊の残りと合流して今後の策を練っていた。地面に置いたカンテラを取り囲むシュルツ大隊長や各中隊長の中にアメリアの姿があったが、橋の方から精霊の気配がすると言ってクルツは姿を消している。ただし、レイアとフリーダは小さすぎて気付かれないだろうと、アメリアの左横で宙に浮いて話に参加していた。
しかし、レイアはクルツに言われた「お前達の弱点」がいつまでも頭の中で鳴り響いていて、作戦会議の話が上の空になっていた。
レイア達の弱点が露呈したのは、クルツが敵の精霊の気配を感じて、自分の気配を消して兵士と後退しようとした時。微精霊は、気配を消すと姿が見えない状態でいつまでも同じ場所にいる。準精霊以上のクラスにならないと気配を消して移動が出来ないのである。今更ながらこの微精霊の弱点に気付いたクルツは、レイア達に姿を現すように呼びかけ、移動速度が遅い微精霊のために彼女達を丸い透明の玉のような結界の中に入れた。それから再度気配を消して、結界の玉ごと素速く逃げたのである。
『レイア。お前は自分を足手まといだと嘆いていないか?』
ちょうどレイアが自分の弱点に嘆息していたので、急にクルツから念話で語りかけられ、心の中まで全部お見通しなのかと空恐ろしくなった。
『気配を消しても話せるのですか?』
『当然。それより、俺は弱点を指摘したが、足手まといだとは言っていない』
『でも、強敵の精霊がいるのですよね? もしも戦闘状態になったら――』
『俺は、お前がどうすれば戦闘経験を積んで成長出来るかをずっと考えていたが、精霊相手は不可能でも、精霊使い相手ならなんとか戦えるのではないかと思う。ヨーコのことを思い出せ。あいつを倒せたではないか』
『氷柱の流れ弾でしたが』
『何でもいい。相手を釘付けにするだけでも大きいぞ。その間に討ち取れば良いのだ』
『討ち取るって――人を殺すことですよね』
『嫌か?』
レイアは言葉を返せなかった。人を殺すのは、魔物や使い魔を倒すのとは訳が違う。前世が人間だっただけに抵抗感が強く、それで堅く口を閉ざしてしまう。
『なら、気絶させろ。俺が仕留める。そうすれば、敵の精霊は消える。ひとまずの脅威は去る』
『――分かりました』
『その逆もあるからな。可能なら、お前はアメリアを守れ』
『頑張ります』
右隣にいるアメリアの方を向いたレイアは、彼女の視線が自分の方を向いていることに気付いて、まさか以心伝心かと驚いていると、
「いいわね、レイア」
「はい?」
「聞いていたでしょう?」
「――――」
「あなた達、これから敵情視察に行くことを」
「あ……ああ、もちろん聞いていました」
適当に誤魔化して上下に揺れるレイアを、アメリアは半眼で見つめる。
早速、シュヴァイツァーの鷲が用意され、レイアとフリーダを左右の足で優しく掴んだ鷲は大きく羽ばたいた。
雲の隙間から漏れる月光が大地を照らす中、完全に焼け落ちた橋の上空で、鷲がレイアとフリーダを解放した。
「あれ? 敵が撤退しているよ」
「本当だ。諦めたのかしら?」
街道を埋め尽くす敵の大部隊が、来た道を整然と帰って行く。橋の付近では、遺体を埋めていたらしい兵士達が作業を終えて、部隊の後を追いかけていくのが見える。
「ちょっと待って。川に沿って人を乗せた竜が走っている」
「兵士かしら?」
「服が違うよ。あれは魔法使いとか精霊使いだよ。右肩にいるのは――ミミズクだね」
「精霊使いなら、まさかあのミミズクは精霊?」
「あ、ミミズクが消えた。師匠、あれが精霊なら、ちょっと危険な予感が」
「気付かれたとか?」
「かも」
「鷲さん、お願い! 急いで私達を連れて戻って!」
上空で旋回していた鷲がその声を聞いて近づいてきて、レイア達を掴むと、足の中で二人は気配を消し、鷲は一目散に主の下へと向かう。ところが、突如として現れたミミズクが鷲の行く手を遮った。二羽は、羽ばたきながら一定の距離を置いて睨み合う。
『シュタルク。どんな奴だ?』
『鷲の姿をした使い魔だ。どうする?』
竜に乗るフリッツの念話による問いかけに、ミミズクのシュタルクが応答する。
『放っておけ』
『始末しなくていいのか? 跡を追ってくるかも知れないぞ』
『追ってきてからでいい』
『こいつの跡をつけると敵がいるはずだ。そこで一暴れするか?』
『余計なことをするな。命令は町の破壊だ。敵の殲滅ではない』
『承知した』
ミミズクがフッと消えると、鷲は安堵して全速力で帰還した。
レイアとフリーダから状況報告を受けたアメリアは、それを大隊長達に報告すると、敵の行動の解釈に議論百出となった。そこへ、唐突にクルツが姿を現し、アメリアに囁いた。
「橋の方から感じていた敵の精霊の気配が、川の上流に向かって移動した後で消えた。さっきのレイアの報告と合わせると、精霊使いが川の上流へ向かったことに間違いない。そこで何かを仕掛けるのだろう」
これを受けて、アメリアがクルツの見解を披露すると、多くの可能性が一つに絞り込まれた。
「その精霊使いは、アメリアの精霊と同程度の力があるのなら、無防備の町を襲うはず。元々の計画が三都市の襲撃であるなら、さしあたり、川岸に近いシュプレンゲルだろう。あそこなら、竜でも川が渡れる」
敵の狙いを推理するシュルツ大隊長へ顔を向けた全員が首肯する。
「ねえ、クルツ。ミミズクの精霊に心当たり無い?」
「ある。気配の強さを考えると、亜麻色のシュタルクだ」
「強いの?」
「大精霊グローベの側近だ。侮れないぞ」
「なら、そこに軍隊を派遣して――」
「やめた方がいい。町一つ吹き飛ばす相手だぞ。兵士も巻き込まれる」
クルツの言葉に、その場にいた全員の背筋が凍った。町の破壊は、先鋒隊の殲滅の報復にしては大きすぎる。形振り構わないこちらに対して、敵もそれに輪を掛けてきたのか。
「とにかく、俺がアメリアと一緒に奴らを止める。レイアは俺と来い。フリーダは悪いが、ここに残れ」
「了解! 師匠、頑張ってくださいね!」
話はすぐにまとまり、アメリアとクルツとレイアは五人の騎兵の護衛付きでシュプレンゲルへ急行することになった。アメリアはレイアをガラスの小瓶に入れてそれをポケットへ押し込み、騎兵から竜を借りて久しぶりにまたがる感触に浸る。クルツは彼女に抱かれることなく、気配を消して同行することにした。月明かりのみが頼りの街道を六匹の竜が砂塵を上げて去るのを手を振って見送った兵士達は、命運をアメリアに託した。
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「はあ……、この町を破壊しろですか。精霊使いを解体屋扱いにしやがって」
シュプレンゲルの大通りの入り口で竜の手綱を引いて立っているフリッツは、苛立ちを隠せない。
人口千人強のこの町は、石畳の大通りを挟んで二階建ての建物が並び、その裏手にはたくさんの平屋の建物が広がる。人間がメインで猫人族や兎人族が住み、手工芸品が特産で職人の町でもある。
「人を殺せとは聞いていないから、みんなには逃げてもらおうかな。あ、お前は逃げちゃダメだよ。帰れなくなるから」
横にいる竜の方を向いたフリッツは、手綱を引いて町の外にある小さな林まで歩いて行って、手頃な木に手綱を結わいた。
「さてと、ゴーレムで脅かしますか」
しゃがんだフリッツが右手の握り拳で土の地面を垂直に叩いた途端、そこに緑の輝く魔方陣が出現し、彼が後ろへ飛び退くと、土が盛り上がって背丈が三メートルを超える茶色のゴーレムが出現した。それはデッサン用のモデル人形を厳つい姿にしたもので、四肢は丸太のように太く、顔はのっぺらぼう。土属性の魔法が得意のフリッツは、同じ手法で瞬く間に五体のゴーレムを召還した。
「ちょっとその辺を歩き回って、寝ている連中を起こして」
ズシーン、ズシーンと腹に響く重低音を響かせて、五体のゴーレムがゆっくりと大通りを練り歩き、石畳をメリメリと割っていく。
「おーい、みんなー! 大変だー! ゴーレムが襲撃に来たぞー! みんな、町の外へ逃げろー!」
自分で召還しておいて第一発見者を装うフリッツは、何度も大声で人々に呼びかけ、大通りを右に左に走り回る。大音響と地震のような揺れに、深い眠りに就いていた町の人達は眼を擦りながら起き上がり、窓を開け、突如出現した巨体に震え上がり、着の身着のままで建物の外へ出て逃げ惑う。
「――我の前に顕現せよ、風の精霊シュタルク」
フリッツの呼びかけで、ミミズクの姿のシュタルクが空中から煙を伴って現れた。
「人のいない建物を片っ端から壊して」
「一度に全部壊す方が容易い」
「ダメ。人が死んじゃう」
「面倒くさがりのくせに、面倒な命令をする」
「恨みを重ねると、父さんみたいに殺されるからね」
「壊しても恨まれるだろうが」
「恨むなら、あの狼連中を恨んでくれって言ってやるさ」
説得を諦めたシュタルクは、すぐ右横にあった二階建ての建物に近づいて、フーッと息を吐いた。忽ち、その息は横向きの竜巻となって建物を一棟丸ごと吹き飛ばす。風の魔法が得意のシュタルクにとっては造作も無い攻撃だ。
「裏手の家に人はいなかったの?」
「確認した。裏の家も一緒に潰してやったぞ」
「なら、その調子で他も」
「だから、一つ一つやるのが面倒だと言っているのに」
シュタルクがぼやいたその時――、
「やめなさい!」
不意に後ろから女の子の声が聞こえてきたので、ギョッとしたフリッツは後ろを振り返った。




