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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第2章 微精霊

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10.敵の新たな精霊使い

 四個中隊――中隊長を入れて二百四名の(せん)(ぽう)隊が全滅したグリューンブリュン大公国軍に対し、シュヴァルツカッツェン辺境伯軍第二大隊第三中隊の被害は、中隊長を含む負傷者十名。全員がヨーコの使い魔である狼ジークの攻撃によるものだった。四倍の兵力差をものともせず、圧勝で終わったことに誰もが(あん)()したが、接近する敵本体は千八百名ほどであり、今度(たい)()する相手は三十六倍もある。これには全員が緊張に包まれて、中隊長の次なる指示を耳にまで鼓動が聞こえるのを感じつつ息を殺して待つ。


「アメリアを除く第五小隊は捕虜を後方へ送れ。そのまま戦果をシュルツ大隊長に報告して指示を仰げ」


 上半身を起こした中隊長は、苦痛に顔を(ゆが)めながらもメービウス小隊長に指示を出す。ヨーコは木の板に穴が二つある魔法封じの()(かせ)を両手首にはめられて、(さる)(ぐつわ)と腰縄を付けられ、小隊長が先導する八人の兵士に二重に囲まれて引っ立てられていく。炎の光を浴びて闇に浮かぶ彼らの姿を見送ったアメリアは、足を引きずっているのに手荒に引っ張られるヨーコが、兵士の肩越しに鬼気迫る形相でこちらを振り返ったように思えて肌が(あわ)()った。そんな宿敵の視線を振り切ったアメリアは、中隊長の背中に語りかける。


「ベルリヒンゲン中隊長、お()()は?」

「ん? 両腕を()まれたが問題ない。しかし、よくやった」


 中隊長は赤々と燃える橋にしばらく目をやった後、炎の光で闇の中に浮かび上がるアメリアの顔へ振り返る。一瞬唇がほころんだようにも思えたが、すぐにその唇は歪んだ。


「本当に橋を落として良かったのでしょうか?」

「戦場では、命令は絶対だ。疑問を挟むな」


 アメリアがずっと心に引っかかっていたことを口にすると、中隊長は眉根を寄せて彼女の言葉を(さえぎ)った。


「――はい」

「我が領地に敵を一歩も入れさせず、敵先鋒隊を(せん)(めつ)して主力の戦意を()ぐ。そのためには何をしても良いと上から言われている」

「――――」

「これから我が領地の都市を無差別に攻撃する奴らにこの橋を残して置くお(ひと)()しがいると思うか?」


 燃え(さか)る橋を背景にした中隊長の顔が鬼のように思えてきたアメリアは、消え入るように「はい」と答えた後、視界の右に白いものが浮かぶのでそちらに注意を向けると、クルツが宙に浮いてスーッと近づいてきた。いつもなら、その愛らしい姿を見ると歓喜して抱き寄せて(ほお)ずりするのだが、今はズキンと心臓が跳ね上がって腕が伸びない。そんな様子のアメリアを見て、クルツは彼女と距離を置いて宙に浮いたまま停止した。


「大丈夫か?」

「うん」

「元気がないな」

「――――」

「俺の真の力を見たからか?」


 図星である。まるで心の中を見透かされたようだ。


 昼間のブラオンバーレン公国軍相手にクルツが使った火柱を見たときは、こんな経験の浅い自分と契約してくれた精霊の強大な力に(きよう)(がく)し、それまで冷たい視線を向けていた同僚の自分を見る目つきが変わって賞賛に包まれたのが(うれ)しかった。前回の戦いで精霊が消えて同僚から小馬鹿にされた嫌な思いがいっぺんに吹き飛び、晴れ晴れとした気分だった。ただし、後々冷静になって、手にした勝利はほぼクルツのみで成し遂げたことに改めて気付いて落ち込んだのだが。


 ところが、今は違う。二百人以上の兵士が無数の火矢に()()かれて今も燃え続け、橋は少しずつ崩れて、燃える遺体を乗せたまま川へ落下していく。この地獄絵を作り出したのは、他でもない、目の前にいる()(わい)い毛玉の精霊なのだ。しかも、自分はただ草むらに隠れていただけ。勝利に貢献する働きは何もしていない。


 兵舎で同じ部屋にいた仲間三人を殺したグリューンブリュン大公国軍に(かたき)が討てて嬉しいのもあるが、想像を(はる)かに越える力を持った精霊と契約してしまった恐ろしさが上回ってとても喜べない。


 今、改めて気付く。この精霊と死ぬまで一緒なのだと。このまま軍隊に所属していれば、これからも大量の(さつ)(りく)を目の当たりにするのは間違いない。本人の意志とは関係なく、最強の兵器を手にした精霊使いとしていつまでも留め置かれるだろう。それは、戦いをあまり好まず、家族の生活費のためにやむなく戦っている彼女としては本意では無い。


「――クルツ。この攻撃は、自分の判断だったの?」


 答え方によっては、今後のクルツに対する接し方を変えないといけない。それが怖くて切り出せずにいたが、アメリアは深呼吸をして問いかけた。それに対して、見た目には凶暴の(かけ)()もない毛玉の精霊は、金眼を細めた。


「気配を消していても、俺くらいになると声は聞こえるし、周囲も見えている。じゃないと、召還に応じられないからな」


 確かにそうだと思って、アメリアは苦笑する。


 レイアは、その話を聞いて、経験不足の自分を恥ずかしく思った。正直言って、まだ気配を消すやり方を覚えたばかりなので、完全に闇の中にいて、ほとんど何も聞こえない状態だったのだ。そこは気配を消すことに慣れているフリーダが、クルツの攻撃の騒ぎに気付いて先に姿を現し、大声でレイアを呼び起こしたのである。それが遅れていれば、レイアの氷柱(つらら)攻撃の前にアメリアはジークの餌食となっていたであろう。


「じゃあ、中隊長の命令は聞いていたのね」

「ああ、当然だ。考えても見ろ」

「――――?」

「気配を消したから、これ幸いと眠りこけるとでも思ったか? そんな馬鹿はおらんぞ。いつでもお前を守ると言っておきながらその約束を()()にしたとなると、俺の寝覚めが悪い」


 中隊長の命令を忠実に守ったクルツの眼が糸のように細くなり、不安が消えたアメリアはクルツの言葉に心の中がジンと暖まった。


 と、その時――、


「ねえ。向こうに敵の姿が見えるよ。わんさかやって来る」

「むむ。これは()(ごわ)い精霊の気配が近づいて来る。悪いが、気配を消すぞ」


 耳元で報告するフリーダの声に耳を疑ったアメリアは、急にクルツもレイアもフリーダも姿を消したので、事の重大さに驚き、本体の接近と強力な精霊の到来を中隊長に伝える。すると、中隊長はここに留まるのは危険と判断し、全員即時撤退の指示を出した。


 これだけの力を持つクルツが(おそ)れを成す精霊が敵側にいる。ただならぬ状況に、アメリアは四肢から血の気が引いて、腰を(かが)めて仲間と共に速やかに後退した。



 □■□◆□■□



「あちゃー。やっぱり、ヨーコの奴、やらかしたみたいだぜ」

「テオ。お前の忠告を聞くべきだったな。あの女の作戦を承認した俺の責任だ」

「いやー、ハイネマン大隊長は悪くないですよ。前回の戦闘で精霊使いを封じて勝利をもたらした殊勲は、作戦に(はく)を付けますからね。信じるなと言うのが無理というものです」

「まあ、そうではあるが」

「ただ、うちの新進気鋭の精霊使いを保険に付けておけば、ここまでにはならなかったですよ」


 テオ・フリューゲル中隊長は本隊から離れ、岸辺に重い足取りで近づいて「やってくれるわ」と(つぶや)き、まだくすぶり続ける大量の遺体を見渡して、半分以上落ちて渡れなくなった橋に目をやった。それから、頭を()いた後で振り返り、手招きをする。


「フリッツ・エーレンシュタイン、こっちへ来い」


 すると、後方に控えている狼人族の集団の先頭に黒いローブを(まと)った金髪(しやく)(がん)人間(ヒユーマン)の少年が右肩にミミズクを止まらせて立っていて、テオの手招きに対して面倒くさそうにやって来た。


「何?」

「この仕業、精霊だと思うが、ここまで派手にやる奴は誰だか、分かるか?」

「だってさ、シュタルク」


 すると、シュタルクと呼ばれたミミズクが辺りをキョロキョロと見渡す。


「この程度なら、出来る奴は多すぎてわからん」

「だって、テオ」

「なんだよ。小者にやられたってことか!」


 悔しさに地団駄を踏むテオを後ろから見るフリッツは、鼻を鳴らして冷ややかに笑う。


「だが、向こうの川岸に(かす)かだが魔力の形跡があって、かなり高度な火の魔法を使ったと思われる。あれが使えるのは大精霊に近い精霊だな」


 シュタルクの言葉に、テオもフリッツも向こう岸に広がる闇に目を向けた。もちろん、二人には何も感じなかったが、このミミズクの精霊には感じているらしい。


「ふーん。誰か分かる?」

「火が使えて大精霊の側近となると、二十はいる」

「精霊界は強豪揃いなんだね。そこから絞れるかな?」

「まあ、精霊殺しを油断させたとなると、取るに足らないと思わせるほどちっぽけな奴だろう。だとすれば……白のクルツの可能性が高い」

「そいつ、お前の仲間?」

「敵も敵。白のクルツは大精霊ヒルデガルトの側近。俺様はヒルデガルトと敵対する大精霊グローベの側近だ」

「そいつ、強いの?」

「侮れないな」

「ふーん。それは面白い。テオ、どうする? 精霊使い同士の派手な対決が見られるかもよ」


 テオはクルッと体ごと振り返って、フリッツを見下ろしてニヤリと笑う。


「面白そうだねぇ。是非見せてくれ」

「いいよ」

「お前さんの初仕事は決まった。精霊ごと敵の精霊使いを始末すること」

「報酬、弾むよね?」

「もちろん。倍は出そう」

「それ、請け負った」


 フリッツはテオを見上げ、唇を三日月のように歪めて笑った。

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