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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第2章 微精霊

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8.最前線

 (ゆう)()が西の空を(あかね)(いろ)に染める頃、ヴァインベルガーの宿舎は戦地から帰還した第二大隊の兵士の歓声に包まれていた。皆は、南の国境を越えて畑を軍靴で踏み荒らすブラオンバーレン公国軍一個大隊を三十分で蹴散らし、負傷者数名程度の圧勝で終わったことに歓喜し、万歳を唱和し何度も跳びはねる。それは、グリューンブリュン大公国との戦いに敗れた悔しさを忘れたい彼らにとって、やや大袈裟すぎるがこの場では許してあげたい感情表現であった。


 この勝利をもたらしたのは、第三中隊第五小隊所属の精霊使いアメリア。彼女は、戦地で勝利に喜びを爆発させる仲間から何度も肩や背中を(たた)かれ、頭をわしわしと()でられた。宿舎の前でもその手荒い祝福の延長戦が始まりそうな雰囲気だったので、彼女はクルツを抱いて建物の中へ駆け込み、四人部屋に体を滑り込ませて鍵を掛けた。


「同僚が部屋に来るのではないか?」

「前の戦闘で戦死した」

「――すまない。嫌なことを思い出させてしまって」

「いい。別に」


 アメリアは自分を見上げるクルツと目を合わせた後、二段ベッドの下段に腰を下ろして体を弾ませ、向かいの空いている二段ベッドを(いち)(べつ)すると床に目を落とす。


「勝利したのに、浮かない顔をしているな」

「だって、自分の力じゃないし」

「精霊が精霊使いに魔力を供給するのは当然だ。勝利したことを自慢しても誰も(とが)める奴はいないぞ」

「いや、今回の勝利はクルツの力よ。私なんか、混乱した敵に追い討ちをかけただけ」


 実際、勝因はクルツの圧倒的な火の魔法によるものだった。最初は同僚の兵士の誰もが、アメリアは戦場にまで人形を抱えて出陣しているように見えて眉を(しか)めていたのだが、いざ戦闘となると、毛玉の人形のような精霊から、巨大な火竜が吐くのに匹敵する火炎が放射されて敵の突撃を退け、敵兵は恐慌状態に陥り、瞬く間に潰走を始めた。やはり、グリューンブリュン大公国軍が予想したとおり、シュヴァルツカッツェン軍の戦力を()ぐ役目すら果たせなかったのである。


「それなのに、私が祭り上げられている」

「主従関係を考えれば、連中の評価は正しい」

「いやなの、それじゃ」

「俺をもっと持ち上げたい気持ちは分からんでもないが、現実は精霊使いの立場の方が上だ」


 アメリアはクルツを強く抱きしめて(めい)(もく)した。


「お願い。ずっと一緒にいて」

「そろそろ眠いから消えたいのだが――」

「やめて、消えないで」

「……それ、前から気になっていたが、違う意味だろ?」

「――――」

「差し支えなければ、前に何があったか、教えて欲しい。もちろん、無理にとは言わぬが」


 うっすらと涙を浮かべるアメリアは、クルツの毛に唇を近づけて、昔の事を語り始めた。



 最初に契約した精霊は白猫の姿をしていて、割と強かったが、自分の拙策が原因で敵と戦闘中に消滅させられた。今度はもっと強い精霊と契約しようと考えて、勇者のような姿をした人型の精霊と契約したが、ヨーコと初めて遭遇し、彼女との戦闘で精霊を失った。次は、背も高くて筋骨隆々の人型の精霊と契約したが、これもヨーコ相手に消えてしまった。


「そんなに強いのか、精霊殺しは」

「うん。歯が立たない」

「俺はさらに上を行く巨体ではないが、それでも良かったのか?」

「うん。もう兵士なんかやめて、魔物狩りで家族を養うつもりだったから」


 精霊殺しとの戦闘で自信をなくして除隊願を出した経緯を理解したクルツは、同情の言葉を選んでいると、(ほお)ずりをするアメリアが顔を強く押しつけるので、嫌そうな顔をした。


「家族は何人いる?」

「両親と、三ヶ月前に生まれたレオンっていう男の赤ん坊の三人」

「随分と齢が離れているな」

「失礼ね。私、まだ十五よ」

「――――」

「幼い妹も弟も病気で死んだから、下が赤ん坊っていうだけ」

「……また思い出させてしまって、すまない」

「いい。気にしてない」


 と、その時、扉をノックする音がして「アメリア・ゾンネンバウムはいるか?」と男の声がした。シュヴァイツァーだ。急に立ち上がってベッドの上段に頭をぶつけたアメリアは、痛みを(こら)えて扉まで駆け寄り、鍵を開けた。


「着いた早々で悪いが、今から出陣だ」

「――――」

「この微精霊が敵の情報をもたらしたのだ」


 扉の前に立つシュヴァイツァーが自分の右肩に目をやると、二つの光の玉がフワフワと部屋の中へ入っていった。レイアとフリーダだ。


「どんな情報が手に入ったのですか?」

「グリューンブリュンの連中が、明日朝、国境の三都市を同時に奇襲する」

「本当ですか!?」

「そして、驚け。なんと、そこの微精霊、情報を仕入れた帰りに、ヨーコの使い魔を仕留めたらしい。微精霊にしては(あつ)()れだ」


 シュヴァイツァーが自慢げにレイア達を指差すと、アメリアはこの微精霊がヨーコの使い魔を仕留めたと聞いて(きよう)(がく)する。(かたき)を討ったと泣きそうになったが、何か気になることでもあるらしく、首を(かし)げた。


「追われたということは、相手に見つかったのですよね?」

「そう聞いている」

「ということは、敵は、こっちが微精霊を密偵に使ったと気付き、情報が筒抜けになったと思って作戦を変更するのではないですか?」

「それも考えた。だが、今国境に迫っている敵軍は――二千らしいが――都市を攻めるのに都合の良い街道を陣取っている。あそこにいて都市を攻める以外の行動は、付近の山に()もるか引き返すしかない。つまり、奴らは国境を越えて都市を攻撃するしかないのだ」

「なら、出陣先は、その敵陣営?」

「それは作戦の内容に触れるので、今は言えない。とにかく、出陣するぞ」


 攻撃するしかないとなると、明日朝が前倒しになって()(よい)になるくらいだ。つまり、攻撃が早まる可能性があると上層部は判断した。だから、急がせているのだろう。


「まさか、私は最前線に送られるのでしょうか?」

「その心構えはしておけ」


 シュヴァイツァーは、クルッと背を向けて去って行った。姿が見えなくなった彼の残像を見ていたアメリアは、ふと我に返って微精霊達を見た。


「ねえ。ヨーコの使い魔を仕留めたのは――貴方でしょう?」


 アメリアに真顔で見つめられて動揺するレイアは、上下に揺れて「はい」と答える。


「何となく輝きが違うから、おかしいなぁと思っていたんだけど。もしかして、微精霊の格好をしている精霊とか?」

「いいえ、微精霊です」

「あり得ない」

「いや、微精霊だ。しかも、今日見習い精霊から微精霊になったばかりなのだ。俺も信じ(がた)いが、事実だ」


 アメリアは補足説明するクルツを左腕で抱えたまま、顎に右手を当て、(めい)(もく)して「あり得ないんだけど」と首を横に振る。しかし、彼女は「クルツがそう言うなら」と言って開目し、レイアに視線を向けた。


「貴方、名前は確か――レイアだったわね?」

「はい」


 覚えていてくれたことに喜ぶレイアが上下に揺れていると、アメリアがレイアに顔を近づけた。


「その使い魔、どんな格好をしていたの?」

「白頭鷲です」

「――なら、ユルゲンね。一番弱い奴」

「他にもヨーコさん――いや、ヨーコは使い魔を従えているのですか?」

「狼のジーク、虎のザックス。前に契約していた精霊達は、奴らにやられたの。まあ、ちょっとは敵討ち出来たってことね」


 笑顔が戻ったアメリアを見上げるクルツは、眼を細める。


「今度こそ借りを返してやれ」

「うん。あの弱いくせに飛び回って何かと邪魔するユルゲンがいないだけ、かなり助かる。レイアも働いてもらうわよ」

「はい」

「あのー、私もいるんですけど」


 すっかり()()の外だったフリーダは、自分の発言で一斉に視線を向けられたので動揺した。


「貴方、フリーダだっけ? 何が出来るの?」

「潜入、偵察はお任せあれ!」

「戦闘能力は無いの?」

「ありませーん。でも、視力と聴力は他の微精霊を(はる)かに越えまーす」

「……なるほど。なら、敵の動きの監視に役立ってもらうわね」

「よろしくでーす!」



 □■□◆□■□



 第二大隊の歩兵が徒歩で北上し、国境を(また)ぐ街道に辿(たど)()いたのは、真夜中だった。すでに二足歩行の竜にまたがった騎兵は到着していて、まだグリューンブリュン大公国軍の姿がないことを報告する。アメリアの所属する第五小隊を含む第三中隊――中隊は五つの小隊で構成され、一つの小隊は小隊長を含んで十名なので総勢五十名プラス中隊長一名――が最前線へ送られた。


 アメリア達は二手に分かれて、街道脇の草むらに身を潜めた。アメリアは左側の草むらに隠れた。


 十メートルほど先には国境の目印となっている川があり、平和なせせらぎの音が兵士らの耳を()やす。長さ三十メートル、幅十二メートルの木造の橋には一匹のバッタが通行人さながらに跳ねて渡っているが、見えているのは微精霊だけだった。


 半月の明かりが照らす幅十メートルの街道は、両脇を木々が生い茂る小高い山に囲まれ、途中で右折しているため正面には黒い山が見えている。その山までの距離は八百メートルほど。


 兵士達は途中まで一小隊につき一つのカンテラを頼りに行軍したが、敵に悟られないように国境の三キロメートルほど手前から全てのカンテラを消して進んだため、月明かりだけでも辺りが見えるほど目が慣れた。雲が月光を遮ると闇の(とばり)が下りるので、その隙を狙って敵が近づいてくるのではないかと緊張感が高まり、雲が切れると辺りが明るくなって街道に人影が見えないことを確認して(あん)()する。


「本当に来るのかしら」

「そう思っていると、あら不思議、お待たせーってやって来ますよー」

「ちょっと静かに」


 微精霊の声が常人に聞こえないのをいいことに、レイアとフリーダが会話するので、アメリアは立てた人差し指を唇に当てて小声で(いまし)める。その声が聞こえたのか、それまで姿を消してマナを補充中だったクルツがひょっこりと現れた。それを見たアメリアが左手でクルツを捕まえて両腕で抱きしめる。


「もういいの?」

「ああ、問題ない。アメリアもかなりの時間を歩いたようだが、疲れていないか?」

「大丈夫というと嘘になるけど」

「魔力を補給するから、思う存分使え」

「わかった」


 と、その時、


「来たよ」

「敵が来たの?」


 フリーダの声に思わずアメリアが声を上げ、周りにいた兵士が一斉にアメリアの方を向いた。


「うん」

「どこ? 見えないじゃない?」

「ここから見て、一番奥の山の中にいる」

「一番奥の山の中に敵!?」

「ざっくり数えて、百人はいる」

「百人も!?」


 アメリアの声で兵士達に緊張が走る。一人の兵士が街道を挟んで右側の兵士らにフクロウの鳴き声で敵接近の合図を送ると、右側も緊張に包まれた。兵士らは街道の方を向いて目を()らすが、動くものが何も見えない。ならば、山の中にいるのかと誰もが考えた。


「敵の先頭に、黒髪で黒目の女がいる。あれは使い魔のユルゲンを放った女だよ」

「ヨーコが先頭を歩いているのね。敵は山を下りる気配はある?」

「いや、そのまま山伝いに左へ歩いている」

「山伝いに左へ進んでいるのね」

「あ、右の山にも敵がいる。こっちに向かっている」

「右の山にも敵がいる?」

「うん」

「つまり、左右の山を通って、敵がこっちに向かっているのね」

「そう」


 フリーダのお陰で、街道の両脇の山を通って敵が進軍していることが分かった。やはり、都市の襲撃計画の開始時刻を早めたのだ。


 二手に分かれて進軍しているのは、おそらく(せん)(ぽう)の部隊。主力は街道を通ってくるだろう。アメリアの側にいてそう判断したベルリヒンゲン中隊長は、一人の兵士を伝令に立てて、後方の部隊に最前線の情報と作戦を送る。伝令は、腰を(かが)めたまま草むらを走って自陣に辿り着き、街道を通ってくるはずの主力の撃破を依頼した。そして、主力が来るまで、第三中隊に山を下る敵先鋒隊を任せろと。


 それに対して、後方の部隊にいたシュルツ大隊長は、伝令に恐ろしい指令を伝えた。青くなった伝令が腰を屈めて戻ってきて中隊長に大隊長の指令を伝えると、中隊長は長く息を吐いて(つぶや)いた。


「敵の主力の戦意が低下するなら、(なり)()り構うなということだな」


 しかし、この言葉は伝令には聞き取れなかった。


 アメリアは左腕でクルツを強く抱きしめ、右手の拳を握る。いよいよ宿敵がやって来る。しかも、まるで自分が最前線にいる事を知っていたかのように、先頭に立って。彼女の震えに気付いたクルツが顔を上げた。


「落ち着け。俺はお前をとことん守る。昔の事は忘れろ」

「うん」

「ヨーコの使い魔は俺が狩る。お前は、ヨーコや他の兵士の攻撃に注意しろ」

「分かった」


 アメリアは深呼吸して心を落ち着かせ、左の山から先頭に立って下りてくるはずのヨーコを今か今かと待った。


 山から川辺まで百メートルほど。ヨーコには川を渡らせない。決戦は川の向こうだ。アメリアはそう誓って右手の拳を強く握りしめた。

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