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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第2章 微精霊

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6.逃走

 天幕の厚い布を通じて、下から椅子を静かに引く音と小さな足音が聞こえてきた。精霊の気配を感じたヨーコが、精霊に悟られないよう忍び足で天幕の中から出て来るのだろう。シュヴァイツァーの忠告――遭遇したら最後、気をつける暇はない――が記憶から鮮やかに(よみがえ)ったレイアは、恐怖で動けない自分へ『何やっているの!? 逃げるのよ!』と心の中で発破を掛けた。


 このお陰で呪縛のような硬直がようやく解けたレイアは、急いで身を隠す所を探す。だが、天幕の周囲には木々が全くなく、あるのはどこまでも広がる草原だけ。このまま屋根から滑り降りて地面の草に隠れる手もあるが、兵士の目を逃れても、近場にいるヨーコに気配を悟られる可能性が大だ。ならばと青空へ意識を向けると、ちょうど白い()()れ雲の間から南中が近い太陽が現れた。自分の二センチメートル程度の小さい体なら、真上に上昇すれば太陽の(はつ)(こう)(まぶ)しさに紛れる事が出来るかも知れない。レイアはとにかく全速力で――と言っても秒速およそ五十センチメートルだが――浮上を開始した。


 レイアの逃走に気付いたフリーダも、少し遅れて空に向かって上昇する。幸いなことに、二つの光の玉が上昇していく場面を見た者は一人もいなかった。


 出入り口を(ふさ)ぐ布を静かにめくって、ゆっくりと体を外へ出したヨーコは、抜き足差し足で天幕から離れて、屋根を見上げる。彼女は、灰色の軍服を着た黒髪ロングヘアで黒眼の女性。百八十センチメートルはある痩身の彼女は、(うり)(ざね)(がお)で、切れ長の目が少しつり上がっている。西洋人風の彫りの深い顔をした人間(ヒユーマン)と獣人の住むこの異世界において、一目で違いが分かる東洋人の風貌。


「どうなさいました?」

「しっ、静かに」


 出入り口の右に立っていた一人の兵士の問いかけを(さえぎ)ったヨーコは、右手の人差し指を立てて唇へ押し当てる。そうして、眼光を鋭くして、屋根の上に何か止まっていないか、何かが張り付いていないかを調べたが、「おかしい。気配が消えた」と(つぶや)いて首を(かし)げた。


 上昇するレイアの視界がそんなヨーコの(かお)(かたち)を捉えた。遠く離れても驚異的な視力でつぶさに観察できるレイアは、これで確信した。彼女はこの異世界に転移してきたに違いないと。もし異世界に転生したのなら、この世界の人間と同じ顔付きになるだろうから。


 初めて異世界転移者を見かけた。驚きと感動と郷愁を感じて「実は、私は転生者なのですよ」と打ち明けたくなるが、悲しいかな、相手はアメリア達の敵である。しかも、精霊殺しである。異世界での(かい)(こう)の感動を心の奥底へ封じたレイアは、ひたすら上昇を続けた。


「おかしい。屋根の上に精霊がいたはずだが、気配まで消えた。お前達、何か気付かなかったか?」

「屋根の上にですか? 何もいませんでしたが?」


 集まってきた八人の狼人族の兵士が、一様に首を横に振る。


「本当に、屋根の上に何もいなかったと言えるのか?」

「ええ。鳥とかが飛んできたら、音がするではないですか? 一切、音は聞こえませんでした」

「音で判断するのか?」

「いえ、ちゃんと見ていましたよ。ただ、上だけ見ているわけにはいきませんから、常時ではありませんが」

「おかしい。じゃあ、なぜ気配があったのだ?」

「その気配は大きいですか、小さいですか?」

「小さい」

「それ、(ちよう)とかの格好をした精霊ではないのですか? 虫みたいに小さかったら、我々も見逃すことはあり得ます」

「虫みたいに小さい……。そうか! 微精霊だ!」


 はたと手を打ったヨーコは、悔しさに顔を(ゆが)めた。


「微精霊がどうかしましたか?」

「目も耳も良い奴らは、密偵に使われる事が多いのだ」

「なるほど。敵の密偵なら、林の方へ逃げたかも知れませんね」

「可能性はある。()でよ、ユルゲン」


 ヨーコの召還に応じて、空中から大きな黒い煙の塊が現れ、妖気を漂わせて羽ばたく白頭鷲の姿に変化した。


「近くにいる微精霊を全て狩れ。奴らは、そう遠くへは行っていないはずだ」


 使い魔のユルゲンはヨーコの頭上で一度旋回した後、上を向いたかと思うと、大きな翼を強く羽ばたいて一直線に上昇した。地上にいるヨーコと兵士達は、青空に向かって目を()らしても微精霊の姿が見えないが、ユルゲンの目には微小な光が映ったらしい。


「私の使い魔から()(おお)せる精霊などいない。見ていろ」


 まるで狩りでも楽しむように笑うヨーコは頭上を指差し、有能な使い魔を兵士へ自慢して悦に()る。だが、次の瞬間、上空で彼女達が目撃したのは、青白い魔方陣の出現と、氷柱(つらら)の攻撃によるユルゲンの消滅であった。



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