5.初仕事は敵地潜入
『この精霊使いが軍人とは気付かなかった』
『マントとかで分からなかったのですか?』
『黒いマントは軍人が多いので気をつけていたのだが、紫で軍人は初めて見た。マントで疑えば良かったな。迂闊だった』
『可愛い女の子が軍人だなんて、私でも分からなかったと思います』
『ん? 一瞬、慰めの言葉に聞こえたが、何気に痛い所を突いてきたな』
『いえ、そんなつもりではありませんでしたが、もしかして――』
『それ以上、詮索するな』
クルツがレイアと念話で話す中で可愛い子に惹かれた件を後悔していると、一度建物の中へ引っ込んだメービウスが、体格の良い銀髪緑眼の老兵を連れて出てきた。昔は精悍な顔つきだったことを偲ばせる老兵は、左腕に大柄で勇ましい鷲を止まらせていたが、その鷲の全身から妖気が漂う。レイアはこの鷲が自分達を運ぶ使い魔だと判断し、つぶさに観察していると、メービウスが「そこの二匹、早く来い!」と手招きをした。慌てたレイアとフリーダはアメリアとクルツに見送られながら彼の元へ飛んで行く。
「作戦の詳細は、このシュヴァイツァーに聞け。念のために言うが、貴様らの任務遂行が勝敗を決めると言っていい。責任重大だぞ。 ……ん? 何か言いたそうに見えるが、何と言っているか分からん。おい、アメリア! この微精霊の通訳をしろ!」
常人に聞こえるのは動物等の姿になった準精霊以上の声で、その姿になっていない準精霊や微精霊の声は精霊使いのみが聞こえるので、メービウスの手招きにクルツを抱えてランタンを持ったアメリアが小走りにやって来た。
「『あのー、敵に精霊殺しがいるそうですが、その情報も教えてください』と言っています」
「黒髪で黒眼の奴だ。そんな奴は滅多にいないからすぐにわかる。遭遇しないように気をつけろ」
心配するレイアにメービウスは笑ってアドバイスするが、シュヴァイツァーは「遭遇したら最後、気をつける暇はないぞ」と低い声で補足するので、レイアとフリーダは肝を冷やす。
「『それ、面と向かったら危ないってことだよね? なら、名前を教えて欲しいなぁ。そいつの名前が呼ばれたら、近くにいるかも知れないから気をつけるよ』と言っています」
「ヨーコ・ヴォルフェンヴァイラーだ」
通訳経由のフリーダの問いかけにメービウスが即答すると、レイアは嫌な予感がした。ファーストネームの部分が日本人っぽいのだ。
「『そのヨーコと言う人は女性でしょうか? 顔付きはこちらの人間と違いますか?』と言っています」
「如何にも。女で平たい顔をしている。そんな顔の女は見たことがない。が、なぜ名前だけで分かる?」
「『いえ、直感です』と言っています」
「お前の勘は鋭いな。滅多にいない人間だからって見とれるなよ。相手は精霊殺しだ。即刻、消されるぞ」
黒髪で黒眼のヨーコは、女で平たい顔をしている。これを聞いたレイアは、すぐに次の言葉が心に浮かんだ。
――異世界に転生したら、自分と同じ世界の誰かが転生あるいは転移していた。
ファンタジー小説でありがちな展開が、この異世界で起こっている。現段階では想像の域を出ないが、直感が『間違いない』と囁いている。
黒髪をなびかせたヨーコが不敵な笑いを浮かべて、「消滅しなさい」と引導を渡すのか。初仕事でいきなりこの異世界から退場するのは嫌だ。敵地を偵察中、絶対に遭遇してはならない相手である。
レイアとフリーダがシュヴァイツァーから作戦を聞かされていると、東の空が曙色に染まっていった。アメリアが「『もうこれ以上質問はありません』と言っています」と通訳を終えると、シュヴァイツァーの腕から飛び上がった鷲が右足にレイア、左足にフリーダを優しく掴み、強い羽音と風を残して空高く舞い上がった。
「夜明け前に先鋒隊がブラオンバーレン公国に奇襲を掛けたはず。そろそろ応援の声が掛かるから待機していろ」
見る見るうちに姿が小さくなる鷲を見上げるアメリアにメービウスが声をかけ、さらに彼女の右肩を手で軽く叩いた。上空から視線を切ったアメリアは、クルツに頬ずりをしてから、もう一度空を見上げる頃には、芥子粒のような鷲が木々の向こうへ消え去ろうとしているところだった。
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鷲の指の隙間から僅かに朝の光を感じるレイアは、マナを温存するために姿を消すやり方をクルツから聞き損ねたことに後悔し始めていた。この先、何が起こるかわからず、最悪ヨーコと渡り合うことになりかねない。無駄な抵抗とは分かっていても、何もしないで消されるのは絶対に嫌だ。それで、恥を忍んでフリーダに姿を消すやり方を教わろうと声をかけたが返事はなく、風の音が大きいので相手に声が届いていないらしい。
「眠ればいいのかしら?」
微精霊に瞼がないので、目を閉じるのは不可能。なので、外界からの刺激に対して意識しないようにしたところ、禅の瞑想の状態になった。レイアはこれでもいいかと思って、陽光も風の音も、時折握り直す鷲の指が触れる感触も一切気に留めないようにした。
鷲は休むことなく三時間飛び続けた。平均時速は五十キロメートルだったので、百五十キロメートル飛んだことになる。
「ここで降りろ。俺は目立つから、林の中に隠れる。落ち合い場所はシュヴァイツァーから教わった所だからな。忘れるなよ」
人間の言葉を話せる使い魔の鷲がそう言って両足を離すと、レイアは空中で自然落下を始めた。空中で姿を現して復帰したフリーダは、輝きが乏しいレイアが落下するので眠りこけていると思い、「おーい」と呼びかけながら彼女を追う。その声で目が覚めたレイアは、眼下に広がる林に向かって落下する自分に驚き、浮上した。
「輝きが減っているけど、何やってたんだよ? まさか、ずっとその格好でいたとか?」
「あれ? 姿を消したはずだけど」
やり方を知らないとは言えないので、フリーダに向かって惚けてみせる。だが、どこかでやり方を教わらないといけないので、腹をくくっていると、
「消したならこうはならないよ。もしかして、知らないとか?」
「うん。今までこうしてきたの」
「ずっと、その格好でいられるの? 凄いじゃないか」
無知を白状して馬鹿にされるかと思ったらかえって感心されたので、レイアは安堵してちょっぴり鼻が高くなる。
「でも、動きが鈍くなるから、魔法回路の出力は切った方がいいよ」
「出力を切ると姿が消えるの?」
「そうだよ。この体を見せるのに使うマナを使わないようにするだけで消える。入力は切らないからマナを補充するだけになるのさ」
「なるほど」
「気配を消す時は、入力も切るけどね。その間、マナの補充は出来ないけど」
「どうやって切るの?」
「体の中心に向かって命令すればいいのさ。切るのも戻すのも」
早速レイアが出力を切る命令を試してみると視界が真っ暗になり、元に戻す命令を試すと視界に空と林が映った。
「うん、消えたよ。今度からそうしなよ」
「ありがとう」
二人は、向かい風に押されながらも飛び続け、林の向こうに広がる草原に設営されているはずの敵の野営地を目指す。シュヴァイツァーの指示は、まずは敵の数を数えること、次に、一番大きな天幕が敵の本陣で、その天幕の外に配置されているはずの兵士の目を誤魔化すため上空から天幕の屋根に降りて、中の会話を盗み聞きしろだった。微精霊の視力も聴力も人間を遥かに超えるが、遠くから敵を数えられても、さすがに遠くから天幕の中の声は聞き取れない。なので、そばに近づいて厚い布を通して聞こえてくる声を拾おうというのだ。もちろん、天幕の中へ侵入できればなお良いが、微精霊の輝きは常人に見えるので、見つかったら一巻の終わりである。
時間を掛けて林の上を過ぎる頃、草原の上で休息する兵士の姿や竜が見えた。彼ら用の天幕がないので全員が外にいるから、数えるのは簡単だった。ざっくりした数だが、敵は二千いる。
ところが、想定外の出来事が起こった。三角屋根の付いた直方体の天幕が二つあって、どちらも大きさが同じなのだ。
「うちとあんたで別れるか」
「そうね」
空の明るい光に紛れて二人は兵士の上空を大胆に飛び、レイアは右の天幕を、フリーダは左の天幕を目指して下降する。屋根の斜面に張り付いては人目に付くので、三角形の尖った部分に着地した。天幕の周囲には八人の狼人族の兵士が槍や弓矢を携えて立っていたが、屋根の上にまで目を向ける者はいなかった。
ヨーコ・ヴォルフェンヴァイラーは外にいるのか。天幕の中だとしたら、どちらにいるのか。緊張に包まれたレイアは、下から聞こえてくる会話に耳を傾けた。
「ブラオンバーレン公国の連中は頼りにならんだろう」
「ああ。シュヴァルツカッツェン軍の兵力を削ってくれれば御の字だ」
「早晩降伏すると思うか?」
「おそらく」
「もっても明日だな」
「こちらに負けたからこれ幸いと動きやがって、阿呆どもめが。こちらと手を組めば良いものを」
男の囁き合う声がする。声の違いから四人はいるようだ。
「さて、こちらの出方として、二つあるうちのどれを選ぶかだが――」
「待て。精霊が近くにいる」
男の声を遮ったのは、低い女の声だ。
「ヨーコ。それは本当か?」
「ああ。この上から気配を感じる」
――真下にヨーコがいる!
精霊殺しに気配を悟られたレイアは、体が硬直した。




