2.訓練
クルツから邪精霊狩りの命令を受けたレイアは、緊張が一気に高まった。前にカルラ達と一緒に行動していた際に邪精霊と遭遇したが、黒い塊が矢のように飛んできて、ユミッチが飲み込まれた。彼女は、邪精霊の体内で火の魔法を使って爆発させて脱出したが、自分が飲み込まれたら何が出来るだろうか。おそらく、やれるとしたら、経験済みの氷の剣で邪精霊の体に穴を開けて脱出することくらいだろう。
あの時は、直径一センチメートルの小さくて弱々しい光の玉――見習い精霊だった。今は、体は倍の二センチメートルで、輝きも強い微精霊である。自分の体を直接見ることは出来ないので、あくまで、ユミッチの姿を見ての想像だが。
――だから、きっとあの時を越えた魔法を繰り出せる。
そうやって、彼女は自分を励まし、奮い立たせる。だが、気持ちが昂ぶった所へ、心の中でもう一人の自分が『これは訓練ではない。命をかけた殺し合いだ。やられたら、この世界から消える』と不安を口にする。この不安は忽ち恐怖に塗り代わり、クルツの顔を見つめて無言で助けを求めた。
と、その時、静寂の森に微かな葉音が右斜め前――二時の方角から聞こえた。動揺で体が揺れる。耐えがたい恐怖に逃げ出したくなる。
だが、そんな自分をジッと見ているクルツの顔が「俺はお前をとことん守る」と言っているように思えてきて、途端に恐怖が和らいでいった。
まずは、全神経を音と視覚に集中。幸いパノラマ映像のような視界なので、真横でも真後ろでも、意識をそこへ集中させれば動くことなく異変を捉えることが出来る。レイアは地表から五十センチメートルほどの高さに浮上して、体を回転させずに意識を視界の二時の方向から反時計回りに一巡させた。
――いる。右斜め前、左横、真後ろに三体の黒い塊が。大きさはクルツくらい。
自分と比べたら大きさは何十倍もある。そう思っただけで体が硬直し、頭が真っ白になりそうだ。
でも、精霊に大きさなんか関係ない。それは、ヒンメルが、グロッスが、みんなが教えてくれた。このことを思い出すことで、恐怖は遠のいていく。
次の瞬間、クルツが真後ろを向いて、体を低くして後方へ跳んだ。彼の跳んだ先の大木の裏から一瞬見えた黒い塊。背後にもう一体が木の裏に隠れていたのだ。今把握しているのは、それ以外の三体。狩るのは自分の役目だ。
クルツの行動が攻撃開始の合図。
確認のため意識を集中。まだ三体に動きはない。こちらを虎視眈々と狙っているのか。
頭の中で氷の武器をイメージする。それは長槍のような氷柱。それを三本、敵の方角へ向けるように思い描く。
敵が僅かに動いた。
間髪入れず攻撃開始を決断。途端に、脊髄反射の如く、無詠唱で氷の魔法が発動。
空中で、三方向に向いた三つの青色に輝く魔方陣が出現する。その中心から長さ二メートルの青白くて透き通った氷柱が弾丸のような速さで射出され、黒い塊を串刺しにしたまま後方の大木の幹に突き刺さった。仕留められた邪精霊は煙となって霧散し、幹に刺さった氷柱は光の粒となって大気中に溶け込んでいく。
視界から敵影が消えて、レイアの緊張が解けた瞬間、クルツのいた方向から彼女の真上を目がけて火柱が放射された。その火炎の熱と光の凄まじさに彼女が呆然とする中、上空で黒い煙が消散した。
「おい、前後左右しか見ていなかったろ?」
「すみません」
ゆっくりと近づいてきたクルツは、金眼の瞳孔を丸くしてレイアを睨み、彼女は地面に着地して頭を下げるように回転した。
「敵は上からも土の中からも攻撃して来ることを忘れるな」
「申し訳ありません。あのー、私の魔法はどうだったでしょうか?」
評価を気にするレイアは反省の言葉もそこそこにクルツへ問いかけると、彼は手足を引っ込めて地面に転がる毛玉となり、嘆息する。
「無駄が多い。あのような弱い敵に対して過剰な攻撃では、マナを消費してすぐに動けなくなるぞ」
「はい……」
「だが、その体で準精霊、しかもかなり上位の連中と同じ魔法を繰り出すとは恐れ入ったがな」
珍しくクルツの目が糸のように細くなった。口は毛に隠れて見えないので表情が目でしか分からないが、おそらく笑ったのであろう。感心する言葉と細い目は訓練生を安堵させた。
「おい、その魔法を俺にぶつけてみろ」
「え?」
「その程度は弾き返してみせるから、心配するな」
自信たっぷりな言葉が響き、レイアは意図が分からず、首を傾げるように半回転する。仮に自分の魔法が準精霊の上位の部類であったとしても、大精霊の側近の一人である精霊クルツにとってはたわいも無い魔法に映るだろう。それをあえて、ぶつけろと言う。だとしたら、意図は別にあるはず。
レイアは、自分の魔法が連続でどれくらい出せるのか試したいに違いないと考えた。どこまで魔法を繰り出せば、自分に限界が来るのか、動けなくなるのかを知りたい――いや、それを気付かせたいのだと。
そこで彼女は、もっとド派手な攻撃を前世の記憶からたぐり寄せた。それは、ファンタジー小説で読んだことがある戦闘場面の一つで、一人の敵に対して大量の剣を空中から出現させて一斉に発射する場面だ。
イメージして早速魔法を発動すると、上方に十個の青く輝く魔方陣が出現した。と、同時に、クルツは刮目して、短い手足を毛の中から出して素速く立ち上がり、こちらを向いた状態で十メートル後方へ跳んだ。それを魔方陣から出現した透き通って青白い十本の氷の長剣が矢のように追いかける。だが、長剣はクルツの眼前で、透明な楯でもあるかのように全てが弾かれ、光の粒となって消えた。
まだ行ける。体力は尽きていない。もう一回、同じ攻撃を。
「甘い」
クルツは、魔法が発動して氷剣が発射された直後にレイアの前へ瞬間移動し、彼女を短い前足でコツンと叩いた。十本の長剣は、すでに相手がいなくなった場所を通過し、風切る音を残して遠くの木々に突き刺さった。
「はうう」
「二度も同じ攻撃を繰り返すな。間合いも一緒で剣筋も一緒なら、敵はそれを見切って攻撃を躱してくると思え」
「すみません」
クルツは、もう一度レイアを前足でコツンと叩いたが、それは一回目より軽い物だった。
「まだ行けそうな雰囲気だな」
「はい。まだ目眩はしません。ちょっと疲れたかなぁという程度です」
「なるほど。微精霊の体のどこにこれだけの力を宿しているのか、全く想像が付かない。正直、こんな微精霊は見たことも聞いたこともないぞ」
「――――!」
「まあ、どこかで自分の限界を知っておいた方が良いが、とりあえず、訓練は終了だ」
「はい! ありがとうございました!」
「一応言っておくが、調子に乗らないこと。よいな?」
「はい……」
「さてと、そろそろ精霊使いと契約しに行くぞ。付いてこい」
「はい!」
クルツはレイアに背を向けて、ひょこひょこと歩いて行く。浮き上がったレイアは、期待と不安を胸に付き従った。




