1.微精霊デビュー
ランゲがシュミットの魔法回路の損傷箇所を特定して修復している間、レイアとユミッチは周りに集まってきた精霊達や準精霊達に好奇の目を向けられ、色々な質問を浴びせられた。二人の目に映る彼らは様々な姿をしているが、愉快に笑ったり、冗談を言い合ったり、和気あいあいとしていて、とても精霊界に階級闘争や派閥抗争という問題を抱えているようには見えなかった。
だが、取り囲む彼らの後方へ目を向けると、遠巻きにしている連中の表情は硬くて、巻き起こる笑いにも釣られることはなく、話題の中心にいる新参者に羨望の眼差しを送っている。それに気付いた彼女達は、冷や水を掛けられた気分になった。
遠くで宙に浮いている微精霊の連中は表情が見えないので正確には分からないが、どの微精霊も話の輪に入ってこないので、棚ぼた式で見習い精霊から微精霊に昇格した者へ嫉妬心を抱いているのは明らかだろう。彼らには、自分達は長い時間を掛けて成長してきたのだという自負がある。見習い精霊が手鏡に吸い込まれて、出てきたら微精霊になっていましたという途中経過を飛ばしたご都合主義的展開が許せないのも頷ける。
「これでよし」
「さすが、完璧な治療だぜ」
「お、ありがとう」
すっかり野次馬から置き去りにされたランゲ、クルツ、シュミットの三人は、まだ質問を受けているレイアとユミッチに目をやって微笑んだ。
「さてと、怪我人を治したから、もう行くね」
「俺も行くぜ。治ったからって無理するなよ」
「お前ら、行くってどこに?」
「「契約」」
立ち去ろうとするランゲとクルツの答えがハモると、シュミットは「ああ、頑張れ」と肩まで上げた手を振って応じた。周囲の精霊達の声援を背中に受けて歩み出したランゲが、何かを思いついたらしく、歩みを止めて頭だけ振り返り、レイアとユミッチに声をかけた。
「君達も来る?」
「来るって?」
「それって、私たちも契約しに行くことですか? でも、微精霊は精霊使いと契約しないのではないですか?」
レイアの素朴な疑問に対してランゲは目をつぶって首を振り、開目して再び振り返る。
「契約した精霊のお付きの微精霊だってことにするのさ。そうやって、精霊使いから仕事をもらって経験を積む。精霊使いは雲霞の如く契約しに来るわけじゃないから、こういう機会はなかなかないよ。君達が上の準精霊を目指すのにちょうどいいと思うけど、どうだい?」
「やめときな」
横槍を入れられて舌打ちしたランゲは、不機嫌な顔を声の方へ向けると、微精霊がスーッと近づいてきた。そいつが声の主らしいと分かった彼は眉を吊り上げ、両者の間に剣呑な空気が流れる。
「なんだい。自分がお付きになれないからって妬みかい?」
「単に運がいいだけの成り上がり者を調子づかせると、こいつらのためにならないから忠告してやっただけ」
「運も実力のうちだよ」
「何言ってやがる。膨大な見習い精霊がひしめき合っている中、苦労して這い上がってやっとの思いで手に入れる微精霊の地位に、何もしないで就いてしまったこいつらへ、いきなり精霊使いの役に立てだと? 冗談だろ? 実力がまるで伴っていないから、自滅するのは火を見るよりも明らかだ。お前こそ、腹の中ではこいつらが妬ましくて、精霊使いの前で恥をかかせて笑おうって目論んでんだろ?」
「あのー、苦労しているなら、この世界が長いってことだから分かるよね? 準精霊を飛び越して精霊に噛みつく微精霊ってだけで、自滅の道を選んでるって?」
「その偉そうな態度に今まで我慢してきたんだが、もう我慢ならないって思ったんだよ」
「偉いのは事実だよ」
「それが気に入らないんだよ! いずれ、俺は精霊になってお前を倒す!」
「あのねぇ。言ったよね? 準精霊を飛び越して精霊に噛みつく君は、自滅の道を選んだって」
「だから、それが偉そうなんだって、こっちも言ったからな」
「――ダメだこりゃ。階級を弁えろって事を、その体に教えてあげるよ」
ランゲが三メートルほど離れた微精霊に向かって右手の人差し指ででこぴんの仕草をすると、指にぶつかっていないのに、微精霊の体が目にも止まらぬ速さで弾き飛び、泉の対岸に生えている大木に激突した。
「ありゃりゃ、幹にめり込んじゃったか。壊れた体は泉で治しな。近くて良かったね」
ランゲの言葉が周囲の精霊達や準精霊達を爆笑の渦に誘う。雲泥の差の実力を見せつけられて体が硬直するレイアとユミッチへ、ランゲは笑顔で手招きをした。
「ごめんね。この世界には、ああいう馬鹿が多いんだ。前世で偉ぶっていた連中とか、礼儀知らずの連中とかが特にね。気にしないことだよ。さてさて、とんだ邪魔が入ったのでもう一回」
今度は、ランゲが体の正面をレイア達へ向けて問いかける。
「君達も来る?」
「うーん。姫、どうする?」
「私は灰色のシュミットさんの意見を伺います」
急に話を振られたシュミットは目を白黒させたが、「大精霊ヒルデガルト様にお伺いを立てないと」と上手い事を思いつき、胡座を掻いて腕を組み、瞑目すること十数秒。精霊界も自己判断で進めず上司の指示を仰ぐ事があるという典型的な場面が展開された後、目を開けたシュミットが短い息を吐いて微笑み、心の中で遠方にいる大精霊と会話した内容を伝達する。
「修行してきなさいって」
大精霊の結論が出た以上、微精霊の分際では反論の余地はなく、絶対服従だ。レイアもユミッチも「まだ早い」という結論が出ると思い込んでいたので、今回の結果は全くの予想外であり驚愕したが、こうもあっさり許可が下りたのは大精霊が自分達の急成長に期待を寄せているからだろうかと推測した。
ランゲによって泉の遥か対岸へ弾き飛ばされた哀れな微精霊の言葉「成り上がり者を調子づかせると、こいつらのためにならない」が植え付けた不安は簡単に払拭出来ないが、折角掴んだ幸運を他人の怨嗟の声に怯えて手放すのは馬鹿げていて、次にこの異世界でいつ幸運が訪れるのか見当も付かないだけに、このまま前を向いて進むべきだ。
問題は、レイアとユミッチが誰のお付きとなるか、にあった。実は、話の流れから、彼女達はランゲのお付きになるかに見えたが、ここにクルツも手を上げたので、二人は別れることになった。
振り返ると、この異世界に見習い精霊として転生し、ジェットコースター的展開で多くの事件が起きたが、常に二人は一緒で、互いに励まし合って乗り切ってきた。それがここに来て、ついに互いが別の道を歩むことになる。その悲しみにレイアは胸が詰まる思いだった。
「なんとか一緒という訳にはいかないでしょうか?」
「姫と一緒にお願いします」
「うーん、一緒に行動したい気持ちは分からないでもないけど、調べた感じではユミッチは火の魔法、レイアは水の魔法の特性が強く、僕の得意は水の魔法、白のクルツは火の魔法だから、僕とユミッチ、彼とレイアの組み合わせの方が精霊使いとしても君達が霞んで見えないからいいと思うよ」
ランゲにここまで言われてしまうと、反論の材料が見当たらず、シュミットまで励ましの言葉で背中を押すので、彼女達は渋々同意した。
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癒やしの泉でユミッチと別れを惜しみ、沈んだ気持ちで精霊界の門をくぐったレイアは、深い森の中を歩く白い毛玉――クルツの後ろを遅れ気味に付いていく。彼の体は、長い部分が四十センチメートルくらいのやや楕円形で、後ろから付いていくレイアの眼には大きなカバに見えていた。正面から見ると毛むくじゃらの猫であることに気付くのだが、後ろからではそう見えるのも致し方ない。
時計がないので、森に差し込む光の具合で大まかに朝昼夕と夜を区別するしかないが、今は全く光がないので夜中のようだ。ただし、精霊の二人は夜目が利くので、移動には何ら問題はなかった。
「私で役が務まるでしょうか?」
「務まらないなら、大精霊ヒルデガルト様の許可は下りないぜ」
「でも、心配です」
「それ、仲間と別れたからだろ?」
「――――」
「いい加減、独り立ちしな」
振り返らずに助言するクルツの後ろで、レイアは『あの時ランゲさんは私達を連れて行こうとしたに違いない』、『クルツさんさえ手を上げなければユミッチと行動できたのに余計なことをしてくれた』、『ランゲさんの方がよかった。クルツさんはあまり喋らず無愛想な感じで、うまくやっていけるかしら』と様々な思いが頭の中で渦巻いている。この状態では、何かの拍子に、うっかり心の声が漏れそうになるので、話題を変えることにした。
「契約は、この先で行うのでしょうか?」
「違う」
「え? じゃあ、どこへ向かって歩いているのでしょう?」
「レイアの力を試す場所」
「試す――場所?」
「そう。俺はレイアが魔法を発動したところを見ていないから。見てもいないのに精霊使いへ自慢するとでも思ったか?」
「では、お眼鏡に適わなかったら――」
「小難しい表現で分からんが、要は期待外れだったらって事だろ?」
「はい」
「だったら栗色のランゲの所へ行け、と言うと思うか?」
自分が思っていたことを先回りされたレイアは、空中で固まった。
「栗色のランゲだってお荷物は受け取らねえぜ。俺が鍛えてやる。多少、人間との契約が遅れたって関係ねえ」
レイアが止まった事まで気付いたのか、クルツも歩みを止めてクルッと全身で振り返り、金眼で睨む。毛玉に生えていた短い手足が毛の中に隠れたのは、座ったからだろうか。レイアから見えているのは耳と眼だけで、白い髭は毛の色に隠れ、口は毛に覆われて見えず、表情は眼でしか覗えない。そんな眼が真剣味を帯びてきた。
「精霊のお付きをするってことは、行動も運命も共にするってことなんだぜ。俺の背中はお前に預ける。そして、俺はお前をとことん守る。いいな」
「――――」
「なにボケーッと固まっている?」
「い、いいえ……」
レイアは少し揺れて、クルツの指摘の否定を試みる。だが、硬直していたのはしっかり見られているので、意味のない行動であったが。そんなコチコチのレイアを和らげようとしたのか、クルツはフッと笑うように息を吐いた。
「見習い精霊がその日のうちに微精霊になるなんて、聞いたことがねえ。そんな貴重な、精霊界初の微精霊だから、俺が大事に育ててやる」
「は、はい。ありがとうございます」
「嘘じゃない。安心しな。あの大精霊ヒルデガルト様には側近が九人いるが、栗色のランゲも俺もその九人の一人だからな。灰色のシュミットもそうだ」
「――――」
「その辺の精霊と一緒にするなってことだ」
再び固まったレイアを見て、クルツは眼を細めて僅かにハの字に歪ませ、笑うような表情になったが、すぐに元通りになった。
「さてと、今この近くに邪精霊がいる」
「――――!」
「どこに何匹いるか、どんな姿をしているかは、自分で感じ取れ。そして――」
いったん言葉を切ったクルツの眼が鋭くなる。
「全てを狩れ」




