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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第1章 見習い精霊

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11.コボルト登場

 番人のミノタウロスは片膝を突いたまま、近寄るカルラに向かって左手で手招きをして、左肩をポンポンと(たた)いた。その仕草から察するに、肩の上に乗せてやると言うことらしい。幼女カルラと彼女の三倍は優に超える背丈のミノタウロスとでは歩幅も同じくらい比例するであろうから、肩に乗って精霊界の門まで運んでもらう方が移動の時間は短縮する。ただし、ヒンメルは駆け足になりそうだが。


 ところが、ミノタウロスのすぐ近くまで歩み寄ったカルラは、急に立ち止まり、頭だけ振り返った。ミノタウロスも彼女が振り返ると同時ではあったが、前方へ鋭い視線を送り、グロッスもヒンメルも後ろを振り返った。


 彼らの視線の先は、成り行きを見守って集まってきた見習い精霊の光が(もや)のように見えているが、その付近から落ち葉を踏む音や枝を折る音が聞こえてきたのではない。鳥の声も虫の音も()()を叩く風の音すらなく、静寂の森の中で聞こえていたのはカルラとヒンメルの足音と、グロッスの()う音だったはず。それなのに、一斉に四人が何かの気配に気付いた。それは何なのか。


「く、くくくっ」


 (かす)かに聞こえてくるのは、(こら)えきれずに笑う女の声。見習い精霊も気配を感じたらしく、動揺が走り、またもや四方八方へ逃げていく。


「さすがは精霊じゃわい。ここまで離れていても、わしらの気配を感じ取るとは」


 カルラ達の後方三十メートルの所にあった大木の傍らで、地面から二つの白い煙が()(のぼ)ったかと思うと、それは(たちま)ち老婆と男性の姿に変化した。魔法使いラウラと、服を新調したクーノだ。彼の右肩には真っ白のヴィッセンが乗っている。登場してからすぐ、クーノはラウラの後ろに回った。


「なぜ隠れる?」

「いや、その、あの、また氷の剣が飛んでこないかと――」

「精霊の子供だましの魔法に惑わされおって」

「すみません……」

「そんなことより、さっさと仕事をせい」

「それじゃ――」


 振り返ったラウラに()かされて、クーノが右手を挙げて指を鳴らす音を森に響かせると、グロッスとヒンメルが石像のように動かなくなった。だが、カルラはレイアとユミッチを両手で包み込むように隠し、一度跳躍してミノタウロスの左肩に両足で着地し、さらに膝を屈伸させて彼の背後にある巨木目がけて跳んで、真横に伸びる枝の上へ軽々と飛び移った。ミノタウロスは、(なが)(やり)を握る拳に力を込めて立ち上がり、風を切る音を立てて長槍を構える。


「何をしておる! ()(やつ)らはまだ動いておるではないか!」

「すみません。あの二人には術が効かないみたいです」


 ラウラの(いら)()ちにクーノは困り果てた表情で肩を(すく)めた。(ほう)(こう)するミノタウロスは地面を蹴り、慌てる二人に向かって鬼気迫る表情で突進を開始する。重い足音を響かせ、槍の穂先を()()ぐラウラに向けて大股で迫る。


 ところが、常人なら恐慌状態を引き起こすこの状況でも、ラウラは平然として鼻を鳴らし、右足で地面を強く踏む。すると、ミノタウロスが蹴る地面から土を割る音を立てて出現した一本の太い黒縄が彼の右足首を狙って伸びてきて、絡みつく。足を取られて前のめりになり、長槍を地面に深く突き刺した格好で傾いた巨体を、さらに周囲から十本の黒縄が次々と現れて肢体と首に二本ずつ絡みつき、肉に食い込むほど縛り上げる。


 これで、捕縛は完了したかに見えたが、ミノタウロスは燃えるような(しやく)(がん)を見開いて牙を()き、(うな)(ごえ)を上げて筋肉を盛り上げ、全ての縄を一気に断ち切った。


「やるのう。なら、これはどうじゃ?」


 ラウラが今度は左足で地面を強く踏むと、土から槍を抜いて立ち上がったミノタウロスの周りで(つち)(くれ)が地響きを立てて盛り上がり、長身の彼を包み込むと、土の山が苦鳴を上げるミノタウロスごと沈んでいく。


「こらっ! ボケーッと見てないで、この隙に人造精霊を捕まえるのじゃ!」

「はいはい、ヴィッセン、よろしく」

「え? なんで!?」

「僕はあんな高い所、行けないから」

「お師匠さん、人使い荒いですよ!」

「フクロウ遣いだけどね」


 土の山が半分ほどの高さになったのを横目に、ヴィッセンは枝の上に立つカルラを視野に捉えて()(しよう)する。だが、距離を半分に詰めた所で、カルラが右手から発射した光の犠牲になり、黒焦げになって落下した。光は敵を排除してもなおも直進し、(えん)(すい)(じよう)に広がりつつ、クーノの真横にあった低木を忽ち火だるまにした。だが、マナを使いすぎた疲労なのか、ふらついたカルラは幹に右手をかけて体を支え、枝の上でしゃがみ込んだ。


「ひえー! また服を焼かれる!」

「ふっ、無駄にマナを使いよるから、ばてたようじゃ。二発目はないはず。さあ、行け!」

「行けって、うわっ!」


 ラウラに尻を叩かれたクーノは、彼女の魔法で宙を浮き、「無茶苦茶だぁ!」と叫びながら手足をばたつかせてカルラに向かって飛んでいく。だが、急接近するクーノに目もくれず、カルラは力を振り絞って隣の木の枝へ飛び移った。クーノは彼女が直前まで立っていた枝へ腹から体当たりし、「ぐえっ!」と吐きそうな声を上げて干し物のようにダランとぶら下がった後、頭の重みで地面へ真っ逆さまに落下した。


「下手クソめが。ジッとしておれば枝の上に立てたのに、バタバタと暴れおって」


 舌打ちするラウラが土塊の仕事ぶりを見つめると、こちらはミノタウロスを完璧に埋めて地面と同じ高さになったので、満足そうに(ほほ)()み、糸のような目をさらに細める。そうして、()(いき)交じりに「さてと」と口にしたラウラは、人造精霊を(にら)()けながら歩み始めた。


「たかが人造精霊一人に手間取りおって、どいつもこいつも役立たずめ。年寄りに捕獲の仕事をさせるでない」

「はい、そこまでー!」


 少年の声が正面から聞こえてきたラウラは、ギョッとして足を止めた。目だけ動かして、大蛇と一緒に固まっている少年の方へ細い目を向けるも、動いている様子はない。一体、声の主は誰なのか?


「声を聞かせたのなら、姿を現せ」


 そう言いつつ気配を探っていると、ミノタウロスを埋めた土が突然めくり上がり、中から茶褐色の太い左腕、角、牛の顔が順に現れ、土塊を周囲へ飛ばしながらミノタウロスが這い出てきた。敵の再登場に(どう)(もく)するラウラは、後方へ跳んで長槍の攻撃範囲から逃れる。生き埋めなど何も意味もないと言わんばかりに無傷で仁王立ちとなった相手に向かって、ラウラは「ハッ」と鼻を鳴らす。


()(わつぱ)の声を出したのは貴様か? 体に似合わぬ声を出しおって」

「違うよー。だって、彼は土の中にいたじゃない?」


 何とも緊張感のない声が(きよ)()の左隣から聞こえてきて、空気が揺らぎ、波紋のようになったかと思うと、その中から犬顔の()(びと)が飛び出てきた。灰色の毛並みで金色の目を持ち、背丈は八十センチメートルに満たない。暖色系をメインにした鮮やかな西洋風の民族衣装を(まと)い、木靴を履いている。


「土の中に埋まっちゃうなんてドジだなぁ。大精霊様の怒りを買ったらどうなるか、わかるよね?」


 小人に左の(ふと)(もも)を叩かれたミノタウロスは、老婆への怒りに自分の失態に対する()()()なさの怒りを上乗せして、怒髪天を()く形相になり、咆哮して長槍を構えた。


「はい、どうどうどう。ちょっと、このおばあちゃんに話があるから、今すぐ殺すのは待ってね」


 ミノタウロスの太腿をまた叩いて(なだ)める小人は、冷たい視線を老婆へ向けた。それに対して、ラウラは鼻を鳴らして肩をすくめる。


「何じゃ、おめかししたコボルトが登場するとはのう」

「悪い?」

「悪いも何も、古くさい衣装で似合わぬわ」

(ひど)い物言いだなぁ。こいつをけしかけても良いんだよ?」


 コボルトが薄ら笑いを浮かべ、右手の親指を立ててすぐ隣の太腿へ向ける。


「また土に埋めてやるわな、貴様ごと」

「ご冗談を」

「何なら、周りの木を切り倒して、埋めた土の上から杭のように打ち付けてやるわ」

「木を切るなんて勝手な真似はさせないよ。ここは僕らの縄張りだからね」

「縄張り? ここは精霊と人間が入っていい森じゃが」

「違うね。今おばあちゃんが立っているここは精霊の領域。人間の来る所じゃない。だから、ここから先は絶対に行かせない」

「なら、あいつは?」


 ラウラが地面に倒れ込んでいるクーノを指差すと、コボルトは振り向きもせずに「ああ、そうだった」と言って右手の人差し指を立て、クイッと曲げた。すると、気絶したクーノと黒焦げのヴィッセンが宙に高く浮いて、ミノタウロスに向かって矢のように飛んできた。飛翔する一人と一匹は、ミノタウロスの頭上を通過し、見習い精霊の雲を越え、途中で何度も身体を木にぶつけながらジグザグに軌道を描き、悲鳴を残して姿を消した。落下して転がる音がしないので、(はる)か遠くまで飛んでいったようだ。


()()(にん)は乱暴に扱うでない」

「僕は侵入者に慈悲をかけない(たち)でね。それに、先に怪我させたのはそっちだよ。一応、言っておく」

「ここから先は行かせないと言うことは、やはり、この先に精霊界の入り口があるのかのう?」

「あれあれあれぇ? もしかして、それを探すために、あの子を、いや、五人をここへ(はな)ったのかな?」


 コボルトは後方をチラッと見て、立てた親指をカルラの方へ向ける。


「放ってなどおらぬ。あやつらは勝手に逃げた」

「でも、跡をつければ精霊界の入り口が見つかる。そう思ったんじゃない?」

「こちらの問いに答えよ。この先に精霊界の入り口があるのか否か?」

「それには答えられないね。それより――」


 薄気味悪い笑みを浮かべるコボルトが、右手を突き出して手の甲を上へ向ける。


「仲間の跡を追いなよ」


 言い終えたコボルトは、右手首のスナップを利かせて『あっちへ行け』という仕草をすると、ラウラはふわりと宙に浮いて、彼の方を向いたまま後方へ弾丸のように飛んでいく。彼女も、木に激突する音を何度も響かせながらジグザクに飛んで姿を消した。


「僕らの聖域の入り口は絶対に見つけられない。探そうなんて思わない方が身のためだよ」

「確かにその通りじゃな」


 コボルトは消えた敵に言葉を投げかけて背を向けた途端、背後に老婆の声が聞こえて、ギョッとして振り返った。彼は、飛んでいったはずの老婆が、二十メートル先で木々を背景に立っている姿を捉えると、にたりと笑う。


「どうりで、悲鳴が聞こえないと思ったら、あれは身代わりか」

「対策を講じぬ魔法使いなど、おらぬわ」

「それは精霊も同じだよ」


 ラウラが右手を突き出すと同時に、コボルトも右手を突き出す。互いに無詠唱で両者の手の先に輝く魔方陣が出現し、横向きの稲妻が同時に発射され、森に雷鳴が木霊する。激しくぶつかり合う魔法は互いに譲らず、火の玉が両者の中間地点で膨れ上がり、耳をつんざく(ごう)(おん)が木々を揺らす。


 視界が光の洪水で洗われて、互いに相手の姿が見え始める頃、ラウラは右胸に激痛を覚えて瞠目した。


「ふ、不覚じゃ……」


 彼女の目には、胸を貫いた長槍を持つミノタウロスの鬼気迫る顔が映る。いつの間にこの巨体が距離を詰めて刺撃を加えたのか、理解不能だが、考えた所でこうなった事実は(くつがえ)らない。敗北にも(かか)わらず、不敵な笑みを浮かべたラウラは白い煙となって姿を消した。


「あのおばあちゃん、(とつ)()に急所を外させたね。心臓を狙ったのに、ずれただろ?」


 コボルトの言葉に、ミノタウロスは悔しそうな表情で(うなず)いた。


「今回は、道を覚えたって喜んで逃げ帰ったと思うけど、大間違いだよ。同じ道を通っても、ここには辿(たど)()けない。だって、景色が変わるから」


 コボルトが両手を挙げると、彼の視界に映る全ての木々の配置も幹の太さも木の種別さえもすっかり別物に置き換わった。


「対策を講じない精霊なんか、いないよ」


 大いに笑うコボルトは、ミノタウロスの太腿を叩いて「さあ、あの子を連れて帰ろう」とカルラの方へ体を向けた。


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