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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第1章 見習い精霊

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10.番人ミノタウロスと大精霊ヒルデガルト

 暗さがさらに増してきた森の中で無数の光の粒――見習い精霊達が群星の如く密集して浮かぶ光景は、筆舌に尽くし難いほど美しい。しかも、さらに彼らが後方から押し寄せて来るらしく、群れは星雲となって上へ上へと湧き上がり、左右にも広がっていく。画家も筆を置くであろうほど幻想的で目も心も奪われる光景だが、これは常人では視認できない不可思議な光。決して物理的に輝いているのではなく、これだけ集まっても周囲の木々や枝葉を照らすことはない。


 歩みを再開したカルラの(てのひら)の上で、レイアは空気中のマナを吸収して回復しつつあるユミッチへ寄り添い、前方へ目を()らす。それは、見習い精霊の群れが織りなす光景に感動しているのではなく、もし再び光の粒が四方八方へ逃げ回ったら、きっと邪精霊が襲来してきたのだろうから、今度は自分がユミッチを守ろうと考えていたのである。


 ――魔法の行使で、また意識を失ったりしないだろうか? いや、それでもやらなければいけない。


 と、レイアが決心したその時、


「姫。なーんだか、プラネタリウムを見ているみたいだね」


 横からユミッチに緊張感のない声で想定外の言葉を投げかけられ、レイアはすぐには頭が切り替えられず、一時的に返答を窮する。


「――う、うん。でも、こっちが見られているのよね?」

「あはは、確かに逆だわ。プラネタリウムの星が客を見てる的な? 姫は、見られてこそばゆいとか?」

「ねえ、何か聞こえてこない?」

(なに)()にスルー?」

「人の声?」

「……ああ、よく聞き取れないけど、人の声っぽい。音程がね」

「ヒンメル。聞こえてくるのは人の声よね? 彼ら、何か言っているの?」

「姫は気にし過ぎ」

「襲おうとしているかも」

「心配性だなぁ」


 レイアの心配ももっともだと思ったヒンメルは「ちょっと待って」と言って立ち止まり、耳の裏に手を当てて(めい)(もく)する。その言葉を聞いたカルラも立ち止まった。もっと近づいてくれれば聞こえるのにとレイアがやきもきしていると、ややしばらくして開目したヒンメルが息を詰めて前方を見つめた後、フーッと息を吐いて得意そうに解説してくれた。


「今(しやべ)っているのは、三分の一くらいだね。後は、ジッと様子を(うかが)っている」

「フーン、ここから見て分かるんだ。で、どんくらい喋ってるの?」


 レイアが次に質問しようと声が出かかったときにユミッチが質問を(かぶ)せてきたので、レイアは言葉を飲み込んだ。ヒンメルは感心するユミッチの方へ目をやって、唇をほころばせながら回答する。


「三千以上いるね」

「ってことは、あそこに一万以上もいるの!? そんなことまで分かるなんて、ヒンメル、超(すご)いじゃん! 聴覚も視覚も規格外だね!」


 ユミッチの驚きの声に、ヒンメルは照れたような顔をした後、「じゃん?」と不思議そうな顔をする。


「あ、『じゃん』ってユミッチが時々語尾に付ける言葉なので気にしないで。『じゃない?』とか『だね』だとか思ってくれれば。それで、なんて言っているの?」

「ほとんど、『あれはどんな精霊だ?』『何かおかしいぞ』『あんなのは見たことがない』って感じで(ささや)き合っている」

「敵意を持っているのは、いそう?」

「いるね」

「どれくらい?」

「百ちょっとかな」

「そんなに!?」

「でも、見習い精霊の力は大したことないし、心配しなくて大丈夫だよ」


 ヒンメルは、続く「だって、君達の方が()(ちや)()(ちや)強いんだから」という言葉を喉の奥へ押し戻した。なぜなら、ヒンメル達の会話は、近くの枝葉の裏に隠れているかも知れない見習い精霊に筒抜けになっている可能性がある。今、眼前にいる見習い精霊だけが全てとは限らないのだ。ただでさえ警戒されているのに、それを恐怖で(あお)るのは余計な混乱を招く危険性がある。


「そんな中を突っ切るの? 大丈夫? ――って、カルラ、ちょっと待って!」


 レイアの心配を()()にカルラが歩みを再開し、グロッスとヒンメルが後に続く。見習い精霊達へ近づくにつれて、ヒンメルの音の聞き取りが()()に凄いかが立証された。確かに、彼らは自分達が見たこともない精霊を前にしてザワついていて、それらの声に一行は徐々に包まれていく。


 カルラはそんな相手の警戒する様子など気にも(とど)めず、ひたすら頭に響く導きの声に従い、歩み続ける。すると、見習い精霊達は前列の方から徐々に左右へ大きく()けて中央に道を作った。その動きが遅い――時速約五百四十メートル、つまり秒速約十五センチメートルである――のを配慮して、カルラの歩みがゆっくりになる。左右に避けた見習い精霊達だが、出来るだけ近くで見ようと前へ移動したため、光の粒が密集して両脇が光の壁となった。


 レイアは不安が(ふつ)(しよく)出来ず辺りを警戒するが、回復途中のユミッチは光の壁に向かって「どーもどーも。ども、ども」と陽気に振る舞う。


 と、その時、カルラが「来る」と緊張した声を上げていきなり立ち止まった。同時に、見習い精霊の群れが四散する。あれよあれよと光の群れが消えて、一行の前方に闇が広がった。目が慣れてくると、木々を従えたような不気味な巨木が浮かび上がる。


「ああ、確かに来たな」

「うん、僕にも分かる」

「え!? 邪精霊が来たの!?」


 立ち止まったグロッスとヒンメルに向かって、レイアは恐怖で引きつった声を上げると、


「いや、厄介な番人だぜ」

「番人?」

「精霊界の門を守る、でっけえ奴さ。普段は門のそばにいんのに、こんなとこまで()()ってくるたあ、尋常じゃねえぞ」

「攻撃してくるの!?」

「――場合によっちゃな」

「大丈夫!?」

「こっちの出方次第ってとこなんで、なんとも。って言っている間に、おいでなすったぜ」


 レイアが聴覚に意識を集中すると、遠くから重たい足音が聞こえてきた。音が大きくなる速さと音の間隔から察するに、大股で歩いていると思われる。音が近づくにつれて、地面が(かす)かに揺れ、恐怖が倍加する。巨体のグロッスですらビビって少し後ろへ体を引き、ヒンメルはそのグロッスの後ろへ身を隠した。


「ねえ、カルラ! 隠れなくて大丈夫!?」

「ダメっぽい。固まっちゃってるよ」


 恐怖で()(すく)むカルラが気が気でないレイアは上下に揺れるも、諦めモードのユミッチは、マナを取り込み中というのもあるが、動けないでいる。すると、前方の巨木の後ろからヌッと(きよ)()が姿を現した。


 それは、茶褐色の肌で背丈は三メートルを超える牛頭人身の人物。ミノタウロスだ。腰巻きのような物を付けている以外は裸なので、分厚い胸板や四肢の盛り上がる筋肉をまざまざと見せつけている。右手に持つ(なが)(やり)()(さや)は外されていて、いざという時の戦闘に備えているようだ。(しやく)(がん)を光らせる彼は、長槍の石突を地面にめり込ませて仁王立ちとなった。


「これで五人目だな、らしからぬ精霊は」


 森を震わせる重低音の声を響かせた彼は、小首を(かし)げた。


「ん? そこの見習い精霊どもも、らしからぬ精霊だな。だが、貴様らのことは聞いていないから、そいつをそこに置いて、お前だけ来い」

「いや」

「言うことを聞け!」


 番人の一喝で辺りの木々の枝葉が揺れる。声の衝撃でカルラまで揺れたが、彼女は踏みとどまった。


「さあ、来るんだ」


 左手を差し出した番人が掌を上にし、自分側に指を倒して手招きをする。だが、彼の指の動きは途中で止まった。なぜなら、カルラの全身が突然光り出したからだ。その光は周囲を明るく照らし、番人の姿も浮かび上がらせ、彼女の長髪は風もないのに(なび)く。光る掌の上でレイアもユミッチも(あつ)()にとられていると、カルラが口を開いた。


「この者達を全員通すのです」


 それは、カルラの声とはまるで違う、女性のアルトの声。何者かが彼女に(ひよう)()したのだろうか。すると、番人が槍を握ったまま地面に片膝を突き、(こうべ)を垂れた。


「承知いたしました、大精霊ヒルデガルト様」


 番人が言い終えると、カルラの全身から光が消えた。レイアは歩みを再開したカルラに向かって問いかける。


「もしかして、頭の中で聞こえていた声は、この声?」


 カルラは進行方向を見つめたまま、無言で(うなず)いた。

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