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精霊に転生した女の子は見習い精霊から精霊王を目指す(前編)  作者: s_stein
第1章 見習い精霊

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9.邪精霊の襲撃

 レイアは深い闇の奥底からゆっくりと浮上していく感じがした。この浮遊感は、異世界に初めて来たときに起き上がろうとして味わったが、何も見えないことだけが違う。


 このままどこまで行くのだろうと思っていると、浮き上がるにつれて辺りが明るくなっていき、(おぼろ)()ながらも起伏の多い何かが間近に見えた。色は肌色と形容できるが、元いた世界の人の肌よりも白い。


 パノラマ映像のように視界が広がっていくので観察を続けていると、ようやく起伏がカルラの(てのひら)(しわ)であり、自分を手に乗せて彼女が薄暗い森の中を移動中であることに気付いた。


 その後もまだ頭がボーッとしているレイアだったが、何故(なぜ)こうなったのだろうと思い返しているうちに、自分が魔法の行使で意識が飛ぶくらい力を消耗したのだと気付いた途端、戦慄して今度こそ目が覚めた。グロッスがカルラに向かって「そんなにマナを消費すると、消えるぞ」と言っていたのは単なる脅しだと思っていたが、マナの大量消費を体験した今、それは骨身に()みる教訓となった。一歩間違えればこの世界から消滅していたかも知れない。みんなとも別れることになる。それは絶対に嫌だ。


 クーノが嘆いて吐いた「見習い精霊が準精霊並みの攻撃魔法を使えるなんて反則だ」という言葉を思い出し、自分に宿った驚くべき能力の使い方を猛省していると、浮遊しながらリズミカルに上下する光の玉――勇美子が視界に入った。


「あっ、姫が光ってきた! 目を覚ましたみたい!」


 勇美子が喜びの声を上げて近づいてくると、自分を乗せた掌が少し浮き上がり、カルラが見つめてきて、彼女の頭の両脇からヒンメル、グロッスの順に(のぞ)()んできた。急に全員の視線を浴びたレイアは、寝起きを見られたようで恥ずかしくなり、モジモジと揺れた。


「心配したよ、光が見えないくらい弱くなったし、全然動かないから」

「いきなり最大の威力で魔法をぶっ放すからだぞ。マナがなくなったら消滅するから気をつけろよ」


 レイアは視界がパノラマ映像なので、体を動かさなくても見たい所へ意識を向けるだけで良いのだが、体をクルッと百八十度回転してカルラの顔が中心になるように向きを変え、ペコペコとお辞儀をするように上下に少し回転した。


「心配かけてごめんなさい」

「いいってことよ」

「魔法の使い方を勉強した方が良いね。グロッスみたいに体が大きければ多少の()(ちや)は平気だけど、その体であの魔法はさすがにね」


 ヒンメルは顔を近づけて笑い、剣を振り回す()()をしてレイアに反省を促した。


「ま、私も人のこと言えないけどね」

「ゆみっちも、気を失ったの?」

「うん。目の前真っ暗って感じで。貧血で倒れる感覚」

「ああ、わかるわかる」

「あ、姫が寝言言ってたけど」

「嘘!?」

「そいつの嘘に決まってんだろ。消滅直前の精霊なんか寝言を言う力もないぜ」


 鼻を鳴らしたグロッスが、笑う勇美子へ長い舌を向けて追い回したが、消滅寸前という言葉に戦慄してそんな戯れが目に入らないレイアは再び自省する。消滅することは、死ぬことと同じ。この異世界に来て、見習い精霊にしては規格外の力を手に入れ、さあこれからファンタジーの世界を思う存分堪能しようという矢先に、いきなりの退場は真っ平御免である。



 一行は、途中で休むことなくひたすら歩き続けた。自分も勇美子も精霊、カルラは人造精霊、グロッスは蛇なので平気なのは分かるが、ヒンメルが休息もせず水も飲まず木の実も食しないことが気になったレイアが彼に理由を聞いてみると、彼は自分も精霊であることを告白した。


「ついこないだ精霊になって、念願の人の姿を手に入れたんだけど、聴覚に特化した能力しか自慢出来ないダメダメ精霊でね」

「ヒンメルは、元――エルフだったの?」

「……うん、そうだよ。やりたいことが一杯あったんだけど、死んじゃってね。この世界で見習い精霊になったから、人生やり直したいなぁって精霊まで上り詰めて、またこの体になって」


 死んで精霊になり、また人の姿に戻る。もちろん、姿は人でも中身は精霊だが、こういう第二の人生の歩み方もあるのだなぁとレイアは感慨に(ふけ)っていると、


「俺なんか、死ぬ前はこーんなちっこい蛇で、名前の分からない獣に食われちまったから、今度こそ食われないくらいでっけえのになろうって、こうなったのさ」


 グロッスが地面に着くくらい頭を下げてから、急に鎌首を(もた)げてボキボキと枝を折った。


「あー、人間の姿に戻りたいなぁ!」

「私も」

「姫なら何になる? 前と同じ姿?」

「まだ分からない」

「私は、勇者になる!」

「女勇者?」

「ねえ、男になっても良いんだよね?」


 ヒンメルの方へフワフワと飛んで行く勇美子に、彼は(ほほ)()む。


「もちろん、死ぬ前が男とか女とか関係なく、好きな人間になれるよ。知り合いのボジッチはムキムキの男だけど、死ぬ前は花売り娘だったって言うし」

「勇者勇美子参上! ってね」

「あれ? ユミッチじゃなかったっけ?」

「……まあ、それでも良いっていったけどさぁ、弱っちくない?」

「全然そうは思わないけどなぁ。ボジッチなんか、拳一発で僕の背丈の三倍もある大きな岩を粉々にするよ」

「じゃあ、この世界では勇者ボジッチ、もとい、ユミッチと名乗るわね」

「今でもユミッチだけど」

「はいはい、私はユミッチです」


 ようやく、勇美子は自分の事をユミッチと認めたのであった。



 どこまでも続く深い森を談笑しながら歩き、話に疲れたら単調な景色の中に浮遊する見習い精霊や微精霊に目をやる。両者の違いは輝き方や大きさだが、レイアもユミッチも、長く見ていると次第にその違いが分かるようになった。


 精霊の観察に飽きてくると、たいていユミッチから話を振って会話に花が咲くのだが、カルラだけは無言を貫いていた。ただひたすら、頭の中で聞こえてくる導きに従って足を運んでいるように思えるので、彼女を邪魔しないように誰もが声をかけなかった。



 日が傾き、木漏れ日が赤く染まってきた頃、森の中は暗さを増してきた。すると、カルラの向かう先に満天の星が地上に降りてきたのかと錯覚するほど、無数の細かい光の粒が見えてきた。それは、見習い精霊の群れだった。浮遊に疲れてカルラの掌の上で休んでいたレイアとユミッチは、今まで見てきた見習い精霊とは桁違いの数に驚き、光の(きよう)(えん)に目を見張る。


 だが、それらの精霊達はほとんど動かない。常に浮遊している見習い精霊しか見てこなかったので、近づいてくる自分達を警戒しているのではないかと思えてきたレイアが、ユミッチに声をかけようとした時、


「お、見習い精霊の連中が集会をやってるみたいだぞ。ここを突っ切るのか?」


 グロッスがそう言ってカルラの方を向くと、彼女は無言で(うなず)く。良いのだろうかとレイアが思っていると、突然、星の数の見習い精霊が一斉に動き出し、辺りに散っていった。


「おいおい、俺達に驚いて逃げたみたいだぜ」

「いや、そんなことで逃げるはずないよ。なんか様子がおかしい」


 ヒンメルは足を止めて身構え、グロッスは停止して頭を巡らす。カルラも何かに気付いたのか、足を止めて数歩後退し、右の掌の上にいるレイアを包み込むように指を曲げる。ところが、左の掌の上にいたユミッチは好奇心に突き動かされ、前方へフワフワと飛んでいった。()(しよう)する光の玉を目で追うと、前方で四方八方へ流れる星の一つにでもなったかのようだ。


「あの光以外、何も見えないよ。うちらに驚いたんじゃない?」

「おい、ユミッチ、勝手に行動するな――」


 グロッスが警告を発した途端、右斜め前から黒い塊が矢のように飛んできたかと思うと進路を右へ鋭角に変え、風が通り過ぎる音がしてユミッチの姿が全員の視界から消失した。


「畜生! あれは邪精霊にちげえねえ!」

「だから見習い精霊が逃げ出したんだね!」

「ユミッチが飲み込まれた! カルラ、レイアを守れ!」


 カルラが両手でレイアを包み込むのを確認したグロッスは、邪精霊の逃走した方角へ頭を向けて叫ぶ。


「おい、どこだ! 出てきやがれ!」


 だが、森にグロッスの言葉が()(だま)するだけで、葉音すらしない。(いら)()つグロッスが巨体を揺らして跳躍し、邪精霊の追跡を開始した直後、遠方で爆発音が響いて炎の塊が見えた。


「なんだなんだ!?」

「何か爆発したよ!」

「あ、あいつ、まさか!?」


 地響きを立てて着地したグロッスが見つめる先で炎が消えて暗闇が戻った時、微弱な光の玉がフラフラと近づいてきた。


「ユミッチ、お前、また使ったのか!?」

「えへへ。なんか食べられた気がしたから、(とつ)()に火の魔法で爆発させちゃった。で、見事に生還♪ でも、魔法は手加減したよ。貧血起こすし」

「ったく、すげー根性してるぜ」


 (あき)れるグロッスの横を通り、彼に見送られるユミッチは、開かれたカルラの掌の上に転がった。弱々しい光を放つユミッチのそばにレイアが近づいた。


「本当に大丈夫?」

「うん。ちょっと()(まい)がするだけ」

「どんな相手だった?」

「姿はわかんない。黒い何かが飛んできたって感じ。急に真っ暗になって、なんだか臭いしヌルッとしたから、あ、これは捕食されたなって思って、爆弾が爆発するイメージで『()ぜろ!』って魔法を使ったら、ボッカーンってなって、外に出れたって感じ」


 興奮気味に話すユミッチを見て、レイアは(あん)()する。


「さて、そろそろだな」

「うん、そろそろだね」


 グロッスとヒンメルが互いに頷き合うので、レイアは二人を交互に見た。


「何がそろそろなの?」

「精霊界の入り口だよ」

「こいつの頭ん中の導きは本物だったって事よ」


 グロッスが長い舌でカルラの頭の(てつ)(ぺん)()でる。


「この森が精霊界じゃないの?」

「うーん、微妙だね。精霊界と人間界が交わっている所、というのが正しいよ」

「なら、森の外が人間界?」

「そう。で、これから行く所は、森の中で九つ開いている精霊界への門の一つ。そこは人間も動物も昆虫も入ることが出来ない、精霊だけが入ることが出来る門さ」


 解説を追えたヒンメルは、レイアから視線を切って、前方を見つめた。そこには四散した見習い精霊が徐々に戻りつつあり、再び密集する群星が形成される。


「なぜ、あんなにいるの?」

「きっと、君とユミッチ、それにカルラの事が気になるからだと思うよ。精霊界に君達のような精霊が何しに来たのかって」

「私達が違うって分かるの?」

「そう。その光り方、普通の見習い精霊じゃないから」

「――――」

「それに、カルラも見習い精霊から精霊に上り詰めて人の姿を得たって感じじゃないからね」


 ヒンメルは、レイアとユミッチを(いち)(べつ)してからカルラの方を凝視した。

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