正義
今は1970年、敗戦から25年経っている。
新幹線が開通し、大阪万博が開かれ、日本は今までにないほどの高度成長を迎えている。
しかし、まだまだ戦争の負の遺産がくすぶっていた。
たとえばこの人がそうだ。
おれは職員会議の末席で手を挙げた。
「田中正義先生」
教頭が、なぜかフルネームでおれを指名した。
「校長先生、今、平和教育の重要性についてお話してくださいましたが、先生がわたしの担任だったころ、軍国主義教育をされた覚えがあります。あれは間違っていたんですか? 先生は間違いをわたしに教えたんですか? 教えてください」
「それは、そういう時代だったってことだよ」
「それはおかしいでしょう。平和の大切さはどの時代でも同じはずです。先生は、間違ったことを私たちに教え続けたにもかかわらず、教職にとどまっている。おかしくないですか?」
58歳の校長が真っ赤なカオをして35歳のおれをにらみつけている。
その時背後から声が聞こえた。
「田中先生、あなたは体罰を行っていますね」
振り返った。
見たこともない男が立っている。背広を着ているが、なにか違和感がある。見慣れたものとどこか違うというか。
「わたしはタイムマシンに乗って、2030年から来ました。21世紀の日本の学校では、体罰は厳しく禁じられています」
「おれは野球部の監督をしてるが、一発のビンタで、試合が変わることもある!」
スポーツをやらない奴にはわからないだろうが。
「この時代でも、体罰は法律で禁じられているハズです。ルールに違反して試合に勝つのは、サッカーで手を使って勝つのと同じことです」
「理屈を言うんじゃない! ときには愛の鞭も必要なんだ!」
「21世紀に、その理屈は通用しません」
「おまえがいつから来ようが、今は20世紀だ!」
「あなたはさっき、校長先生の『そういう時代だった』という発言に反発していました。時代によって正義が変わることを認めないんじゃなかったですか?」
ぐっと詰まった。こいつの言っていることは間違っている。それは確かだ。しかし、反論の言葉が出てこない。
すると、この男の後ろに、何もない空間から、女が一人現れた。
男は女の気配を感じたのか、振り向いた。
女は男に言った。
「そこの21世紀の男。学校で平和について説いていたそうだな。おまえたちがそんなふぬけたことをしていたから、日本は○国に併合されて、日本人は○国人の奴隷になったんだ…」
すると、女のさらに背後に別の男が…。
「おい、そこの23世紀の女…」
…いつまでつづくんだろう。
おしまい