1.新たな場所へ
レイ達は小道具屋のオヤジに占い師の書いた紙を見せると、無言のまま店奥にある出入り口に連れて行かれた。
裏口から外に出ると洞窟の壁に木製のドアが付けられているのが見える。オヤジはドアの鍵を外し、扉を開いた。
「気を付けて行きな」
ジャールが礼を言って真っ暗な通路に入る。明かりがなかったので念のために持って来た松明に火をともす。通路は狭く人一人がやっと通れるほどの大きさ。壁から水が染み出しているようで全体的に湿度が高い。
「モンスターはいないようじゃな。助かる」
この狭い空間でモンスターが現れたら結構厄介である。レイ達はゆっくりと足元に気を付けて進む。数十分ほど歩くと鉄製の扉が現れた。鍵が掛かっているようで開かない。コンコンと叩くとしばらくして扉が開いた。
レイ達が通路から出ると、扉を開けてくれた男が無言のまま再び扉を閉め鍵を掛けた。
「火の国、入国じゃな」
ジャールの顔がようやく穏やかになった。
「ここが火の国……」
レイが辺りを見渡す。
【火の国】と言ってもまだ洞窟の中なので、付近に小さな店などが並ぶ程度だ。道具屋に宿屋、食堂などそれほどこれまでの景観と大差ない。
ただ大きく変わったのが往来する人達。その多くがリザードマンであった。
「リザードマン? が多いのかな」
レイが呟くとジャールが答える。
「火の国は基本リザードマンの国じゃよ」
なるほど、そういう事か。
「レイ殿、ここからが大切な話じゃ」
「うん」
「これまでおった【始まりの国】は唯一死んだ桟山に支配されていない、言わば自由の国じゃ。
ただここ【火の国】は彼らの支配下にある。ニンゲン以外の種族は認めない主義。そして桟山に忠誠を誓った月下七星はまだ健在。彼に従う国民もおる」
「じゃあ、僕は……」
「そうじゃ、ニンゲンであることは表向きには畏怖される立場じゃが、実際ニンゲンはとても嫌われておる。何せ桟山に従わない者達はほぼ処刑されてしまったのでな」
「酷い……」
レイとララの顔色が曇る。
「とりあえずこれまで通りそのコートを着て、あまり目立たないようにした方が良い」
レイとララはジャールの言葉に頷いた。
軽く食事をしてから洞窟を抜ける為に先を急いだ。モンスターもいたがそれほど苦労なく倒せるレベルである。
そして先を進むレイ達の前に人影が現れた。
「やはり来たか、犯罪者よ」
――この声、この話し方、、まさか。
「大罪を犯し国外逃亡か? そんなことはこの勇者リュウ様が断じて許さん!!」
「……リュウ」
「本当に汚らわしいニンゲンにハーフエルフだこと。こそこそ逃亡だなんて」
リュウの隣に立つイリア。見下した目をレイ達に向ける。黒装束に身を包んだジローと青毛の狼もこちらを見ている。
「レイ殿、こやつらが……」
「ああ、リュウだ」
ララが怒りの為か少し震えている。レイが言う。
「リュウ、お前に聞きたい。なぜ僕らにこれほどまでつきまとう?」
リュウの顔が怒りに満ちる。
「大罪者を捕らえるのは当たり前だ。まあ、それよりも気に入らないんだよ…」
リュウが剣を抜く。
「俺以外の【転生者】が!!」
そう言うと同時にリュウが一直線にレイに向かって走り込み剣を振りあげる。
カーーーン!
レイは背に付けていた盾で素早くリュウの攻撃を防いだ。
「ほう、俺様の攻撃を防いだか」
「リュウ、何故転生者が気に入らないんだ?」
リュウは再び剣を構えると答えた。
「勇者はひとりでいいんだよ。世を救う勇者様は俺一人で十分。地位も名誉も金も女も、すべては俺様のものなんだよ!!!」
再びリュウがレイに斬りかかる。が、また盾で防ぐ。
「薄汚いハーフエルフにニンゲン。それだけの大罪を犯せば死刑は当然ですわ」
イリアが薄気味悪く笑いながら手を掲げる。
「…エルフの力を右腕に、、、【エルフの技】ウォーターシュート!!」
イリアが勢いよく手を振ると空中に尖った水の塊が幾つも発生し、レイ達に向かって飛んでくる。次の瞬間、レイの腕が少しだけ光った。
「…unknownの力を左手に、、、【アンノウの技】大防御!!」
レイが持っていた盾を前に構えると、盾を中心に白く大きな壁が現れた。
「何!? あれ」
イリアの放った水塊はレイが作り出した壁に当たると力なく弾け、飛び散った。
「何だと!?」
リュウが叫ぶ。ジャールも技の詠唱を始める。
「…力者の力を右腕に、、、【力技】大砂塵!!」
ジャールが右手をかざすと、周りから大量の砂塵が舞い上がる。
「レイ殿、ララちゃん、今じゃ!」
その掛け声と同時にジャールが走り出し、レイ達も後に続く。
「うわああ、何だこの砂は!!」
「リュウ様、これはノームの技。しっかりと目を閉じてください!」
「くそっ、レイ! 必ずお前を討ってやるぞ!」
レイは先を進むジャールの後について全力で走り抜けた。
洞窟の出口まで一気に走り抜ける。まだゼイゼイと息が荒い。
洞窟の外は強烈な太陽の光が降り注ぐまさに【火の国】であった。急に差し込む強い光。あまりの眩しさにまだしっかりと目が開けられない。
「いや、良かった。何とか上手く逃げられましたな」
「ああ、助かったよ。ジャール」
「しかし何とも厄介な勇者殿でありますな」
「本当に。この国まで追ってくるのかな……」
「それは恐らく大丈夫じゃ。彼もニンゲン。我々もそうじゃが、この国で活動するには障害が多い」
「そうだね」
「しかしレイ殿の技、初めて見ましたが、見事なもんじゃ」
「ああ、よく分からなかったけど自然と出た」
「それがクラスの技じゃよ。その盾とも相性が良さそうじゃし」
「本当にこの盾には助けられた」
レイが背に付けた盾を優しく撫でる。
「で、ジャール。これからどうするの?」
ララがジャールに尋ねた。
「この先に比較的強いモンスターがおる谷がある。しばらくそこでキャンプを張る。その近くには街もあるので買い出しなどにも便利じゃ」
「そうか、やはり僕は街には行かない方がいいのか」
「レイ殿はやめておいた方がいいのう」
「分かった。すまない二人とも、迷惑を掛ける」
「何、大丈夫じゃ。そしてこの国でしばらく生きて行く為に、レイ殿達もレベルアップをしなければならん」
「分かった」
レイとララはジャールの言葉に頷く。
「さあ出発じゃ。また勇者殿が追って来るかもしれん、少々急ぐぞ!」