8.unknown
無事ララを救出したレイとジャール。しかし久しぶりの再会を喜んでいる時間もない。
レイ達は休憩を切り上げると、月明かりの中、国境のある洞窟に向けて荒野を進んだ。もたもたしていると追手が来るかもしれない。国境の洞窟までは徒歩で3日ほど。少し長めの移動となるが、この2人と一緒なら何とかなりそうだ。
歩き出ししばらくするとジャールの息遣いが激しくなる。どうも辛そうだ。口では大丈夫と言っているが、明らかに体力が消耗しているのが分かる。先の技の乱用が原因だろうか。
少しペースを落としながら、休む時はしっかり休んで進んだ。
モンスターを倒しながら迎えた三度目の朝、目的であった国境の洞窟に到着した。
洞窟と言うので小さな穴と思っていたが、入り口だけでも数十メートルはある大きなものであった。入り口付近に幾つかの建物があり、買い物や食事、宿泊もできるようで人も多くそれなりに賑わっている。
ジャールが手慣れた感じで不足した道具類を買い足す。宿で少し休みたい気持ちもあったが、指名手配を受けている以上ここは我慢することにした。
「ほい、これ」
洞窟に入る前にひとり一本松明を渡された。
「中は真っ暗なのか?」
ジャールに尋ねる。
「おおよその部分は壁に松明が付いているが、たまに消えている箇所もあるんでな。中にはモンスターもいるし、念の為じゃ」
以前ジャールもここを通って【始まりの国】に来たらしい。
「さて行くぞ。ララちゃん、いいかい?」
「はい」
外の賑わいとは裏腹に、洞窟内は静かで松明の明かりだけがゆらゆらと揺らめく薄暗い空間であった。
人の往来もほとんどない。商人などは洞窟の外で待機している流しの剣士などを護衛として雇っているようだが、ジャールによれば今の自分達ならそこまで苦労はしないとのことだ。
実際薄暗いという点を除けば、それほど強いモンスターはいなかった。傷を負ってもララが回復してくれる。戦力と言う点においてもララの復帰は有難かった。
半日ほど歩くとこれまでとは違い大きく長い空間、まるで大通りのような場所に出た。
「よし、ようやく着いた。この先が国境じゃ」
通りの入り口には魔物除けの札が貼ってある。これでモンスターの侵入を防いでいるようだ。
通りの両端には様々な店が並ぶ。道具や食堂、宿屋に換金所。ニンゲンをはじめ、エルフやドワーフ、リザードマンなど多種多様な種族が見られる。
「さて、ここからじゃな。この通りの奥に国境がある。儂らはこの通行証で行き来はできるが、レイ殿はどうかのう?」
ジャールが考え込んでいると、通りの端から声が聞こえてきた。
「ちょっと、あんた!」
一瞬身構えたが、声の主は道端に小さな机を並べて旅人を占うエルフの女性であった。
レイが答えるよりも先にジャールが言う。
「おお、色っぽいねえちゃんじゃ。何じゃ、儂に用か?」
胸元が大きく開いた服に、シースルーのスカート。ジャールが反応するのも無理はない。
「いや、あんたじゃないよ。そこの若いの、お前だよ」
エルフの女はレイを指さして言う。
「ちょっとこっちに来な」
少し迷ったが、ジャールがほいほい寄っていくので仕方なしに女性の方に向かった。
「ふううん、なるほど」
エルフの女性はじっとレイの顔を見てから、とても珍しい相が出ているそうだ。何かは分からないが人とは違った相であり、初めて見る相とのこと。
ララの機嫌が少し悪くなる。
「いやー、面白いもん見せて貰ったよ。ありがと兄ちゃん」
「いえ、何もしていないので……」
「ところで兄ちゃんは【クラス】は何なんだい?」
「クラス?」
ジャールが口を挟む。
「そう言えばレイ殿のクラスはまだ聞いておらんかったな。技も見たことないし。ララちゃんが相棒なんじゃろ?」
レイとララは何の話をしているのか良く分からなかった。ララは相棒ではあるが、それが一体【クラス】とやらに何か関係があるのか?
レイは正直にジャールに対し意味が分からないことを話した。
ジャールは驚いたが、それ以上に占い師のエルフが驚いていた。ララに尋ねる。
「お嬢ちゃん、あんたエルフの学校には行ってないのか?」
ララは下を向き、首を横に振った。
「どうりで……」
占い師のエルフが納得した表情で言った。
「じゃあ、そこの坊やと【パートナー契約】は結んでいないんだね?」
占い師の質問にジャールも自分の顔を見つめる。
「してません……」
ララが小さな声で答えた。
「分かった、お嬢ちゃん。あたいが教えてあげるよ」
占い師は今の話の意味を分かりやすく説明してくれた。
この世界でエルフは、ひとりの相手と【パートナー契約】と言うものを結ぶことができるらしい。
種族は関係なく結べ、結ばれた相手には適性に応じて【クラス】と呼ばれる職業の様なものが発現する。ジャールの場合は「力者」、リュウの場合は「勇者」など。
ごく稀にエルフ自身にも【クラス】が発現する。
契約を結んだ者同士は特に一緒に行動する必要等はないが、お互いが契約解除するまではその効果が消えることはない。例え相手が死亡したとしても。
そしてクラスを発現することによって、そのクラス特有の【技】が使えるようになる。ララ救出の際にジャールが放った技もこれに当たる。基本的にその場に応じて自身が必要と思う技がイメージとして自然と頭に浮かび技を発動する。慣れてくれば使ったことのある技なら自身が強く思う事で発動することも可能だそうだ。
ただ技を使うと通常の魔法などに比べて体力の消耗が大きくなる。
「お嬢ちゃんがどうして学校行ってないのかは聞きはしないが、どうだい? そこの兄ちゃんと契約するかい?」
占い師の女がレイの顔を見ながらララに尋ねる。
「…はい。レイ様がよければ……」
ララが僕の顔を見つめる。
「うん、是非お願いしたい。僕は少しでも強くなりたい」
ララの表情が明るくなった。
「で、どうやって契約を結べばいいの」
レイが占い師に聞く。
「簡単だよ」
そう言うと占い師は小さなコップをふたつ取り出し、半分ぐらいまで水を注ぎ入れた。そしてレイに先の尖った短剣を渡す。
「二つのコップの中に、それぞれ二人の血を一滴ずつ入れな。そしてお嬢ちゃんは今からあたいが書く詠唱文を読む。その後二人同時にその水を飲むだけさ」
そう言うと占い師は紙に何やら書き始めた。
レイとララは短剣で指先を少し刺し、一滴ずつコップに血を垂らす。
「準備はいいかい? いいならお嬢ちゃんはこれを読みな」
そう言うと占い師はララに紙を渡す。ララが渡された紙を読み始める。
「…古より続くエルフの盟約により今ここに新しき契約を結ばん。この者に契約を与え、我と共に歩まんことをここに明示する……」
ララが文章を読み終えると、コップに入れた水が白色に光りだした。
「…白? 珍しい色だな」
エルフの女が言う。
レイとララは一気に白色に光った水を飲みほした。
レイは体が熱くなるのを感じる。力がみなぎってくるようだ。
「…これは?」
「クラスが発現したのじゃろ。クラスが出ると基礎能力もアップする」
ジャールが教えてくれた。
「…で、どうだい、お嬢ちゃん? この子のクラスは? 見えてるだろ?」
占い師がそう言うと、ララはじっとレイを見つめた。
「見えているクラスは何だい? 何が発現した?」
暫く黙っていたララが口を開く。
「…分からない」
「は?」
一同ララの顔を見る。
「そんなはずはない。パートナーであるあんたには見えているはずだよ」
占い師いうとララが答える。
「【分からない】って出てる……」
「ど、どういうこと?」
「【unknown】と言うクラス、、、らしい」
「アン、、ノウ……??」
一同顔を見合わせる。
「こりゃ、参った!! クラスが分からないクラスだなんて!」
「にわかには信じられんが、新クラスなのかもしれんのう」
ジャールも少し困ったような顔をして笑って言う。
「とりあえずクラス発現、おめでとう。いずれ兄ちゃんを助けてくれて、技なんかも使えるようになるはずよ」
占い師がレイの背中を叩きながら言う。
「あ、ありがとう」
自分自身何が起きているのか全く分からないが、とにかく少しは強くなったのだろう。占い師にはしっかりとお礼を言った。
「ご、ごめんなさい。レイ様……」
ララが近くに来て謝る。
「どうして謝るのかい、ララ?」
「だって、きっと私がハーフエルフだからこんなことに……」
レイはララをぎゅっと抱きしめて言う。
「ありがとう、ララ」
ララの顔が真っ赤に染まる。レイとパートナーになれたし、それ以上にレイの役に立っていることがララには嬉しかった。
「さて、あたいはそろそろ仕事に戻るよ」
そう言って去ろうとする占い師にジャールが尋ねる。
「すまないがパンツを見せて、、、じゃなかった、国境を越える裏道なんてのは知らないか」
占い師がレイ達一行の顔を見て言う。
「訳ありか、、、あんた達」
「まあ、そうじゃ」
「金貨一人5枚、で手を打とう」
「金貨5枚?」
ララがあまりにも高額な要求に驚いたがすぐにジャールが答える。
「分かった。3人で金貨15枚でいいじゃな、ほれ」
そう言うと懐から金貨を占い師に手渡した。
「確かに。じゃあちょっと待ちな」
占い師はそう言うと机の上にある紙に何かを書きだした。
「ジャール、良かったのかい?」
レイが少し不安そうにジャールに聞いた。
「安いもんじゃよ、捕まるよりはな」
話をしていると占い師が何やら書いた紙を持ってきた。
「これを持ってこの先にある小道具屋の旦那に見せな。裏道から国境を越えられる」
「分かった。感謝する」
ジャールが紙を受け取り懐にしまう。
「何があったか知らないが、この先も気をつけてな」
「うん、色々ありがとう」
「ありごとうございます」
レイ達はお礼を言い占い師と分かれた。
レイ達は新しい国【火の国】へ進む。
レイ自身、この移動が避難だとは分かっているが、この先どうすればいいのか、何をすべきなのかまだ良く分からないのが正直なところであった。
でもひとつだけはっきりしていることは、ララの笑顔、そしてジャール。かけがえのない仲間を守りたいという気持ちだけは強くなった。