4.金髪の女剣士
ある日、いつもより遠出をして十分な成果を上げたレイ達は、街に帰還中あまり見慣れないモンスターに出くわした。
四本足の虎型のモンスター。全身が青い毛で覆われており、尻尾が3本ある。直感的に勝てるかどうか分からなかったが、最近多少腕を上げた自負から自然と剣を抜き対峙していた。
「レイ様、あれは少し危険に思いますが……」
ララに間接的にではあるが「勝てない」と言われレイは少し苛ついてしまった。思えばこれが未熟である証であった。大丈夫、とララに言うとレイは一直線に虎のモンスターに向かって斬りかかった。
「ふん!」
最短距離で虎との間合いに入り、剣を振り下ろす。が、そこに虎の姿はなかった。
「レイ様、後ろーー!!」
ララの叫ぶ声と同時に、首元に激痛が走る。
「うわっ!!!」
虎の鋭い爪が首を襲う。サポーターをしていたので致命傷にはならなかったが、続けて左足に激痛が走る。
ガブッ!!!
虎が左太ももに噛みついている。
激しい痛みが左足に広がる。まずい切られる。このままでは足を嚙み切られる。持っていた剣で虎を刺すも毛が硬くて剣がしっかりと刺さらない。その間にも左足の痛みが増していく。
「ぐあああああ!!!」
ララが必死に駆けてくるのが見えるが、どうにもならないだろう。完全に格上。
やられるのか、、、ここで……
そう思った瞬間、目の前の虎の背中に一筋の剣が突き刺さった。
「ガルルルウウ!!」
痛みで虎が首を上げると、その首は胴から離れて宙を舞った。何が起こったのか全く理解できなかった。ただ助かったことだけはすぐに分かった。
「大丈夫でしたか~?」
気が付くとすぐ横に二人の女性が立っていた。
ひとりは長い金色の髪をしており腰に剣を携えている。もうひとりは茶色い肩ぐらいまでの髪、頭にネコの様な耳そして尻尾も見える。
「弱いくせに、何と愚かな」
剣を鞘に納めながら金髪の剣士が言う。
「あら、でもかわいい顔してるわよ~」
猫耳が言う。
「そんなことより、早く治してやれ」
はーい、と言うと猫耳が何やら魔法を詠唱し始めた。みるみる首と足の怪我が治っていく。ララのヒールよりもずっと効果が高い。あっという間に血も痛みも止まってしまった。
「よいか、敵の力量も分からずに突っ込むなど愚の骨頂だ」
金髪の女が厳しい口調で言う。
「いいじゃないのエリちゃん、こんな可愛い子いじめちゃだめだよ」
と言って猫耳がレイの頬を撫でる。
「な、何をやっているクルル! 弱者とは言え初対面でそれは失礼だぞ!」
「いいじゃないの、う~ん、可愛い。食べちゃいたい」
さすがに動けるようになった以上ここまでされるのはまずいと思い、手をどかせようとするとララの手が先にそこにあった。
「あら、ごめんなさい。お嬢ちゃん。怒ちゃったかしら?」
明らかに不服そうなララがクルルの手をどけて立っている。
「もういいクルル、行くぞ」
「行っちゃうの?ざ~んねん。じゃあね、ええっと……」
「レイ、、です。ありがとうございました」
「じゃあね、レイ君」
「…あ、あの、お名前は……」
レイは立ち去ろうとする女剣士に名前を聞いた。
「…エリーゼだ。エリーゼ・イヴァニカ。よいか、今後このような無茶はするな」
エリーゼはそうレイに言うと、クルルを連れて去って行った。何者かは知らないが、彼女の剣さばき、そしてクルルの魔法、ただ者ではないことは確かであった。
「レイ様、、レイ様は胸の大きい女の子がお好きなんですか?」
負のオーラを感じ振り向くと、膨れっ面のララがそこに立っていた。
翌日からは決して無理をしないモンスター狩りを行うようにした。ララの魔法以外にも回復用の薬草などを常に携帯し、遠出した際も可能な限り安全なルートで帰還するようにした。
ただ安全策をとればとるほどレベルの上がり方は鈍くなる。弱いモンスターでは強くなるのにも限界があるようだ。
そんなある日いつも通り宿屋に戻ると、受付で女主人に呼ばれた。
「レイ、ちょっといいかい」
「何ですか?」
「いや、、ちょっとそのだな、うちの娘がお前を占いたいって」
「娘? 占い?」
「ああ、占い好きの娘で、、普段はじっとしてほとんど喋らないんだが、占いに反応する奴には色々なアドバイスをしたがるんだよ」
「アドバイス?」
「いいから、こっちおいで」
そう言って腕を引っ張ると受付の奥に座る一人の女の子の前に連れてこられた。年にして13,4歳だろうか、セミロングの黒髪にメガネをかけている。ここの宿にはよく来ているがこんな子がいたとは全く気付かなかった。
「あ、あの、、」
レイがそう言うと女の子は一言こう返した。
「…盾」
「え?」
「盾を持って……」
「シェリー、盾ってどんなんだい?」
母親でもある女主人が聞くがただ「盾」としか言わない。
「盾を買った方がいいという事でしょうか」
「まあこの子の占いを信じるならね。どうするかは自分で決めな」
「当たるのですか、この子の占い」
「どうだろうねえ、前に勇者を名乗るニンゲンを占った時は「魔に染まるから魔除けの護符を買え」なんて言って酷く怒らせていたけどね」
「あははははっ」
「どこかで気に入った盾でも見つけたら買ったらどうだい」
「ええ、そうします」
宿屋を出たレイに不満そうなララが言う。
「最近、よく女の人とお話ししますね、レイ様」
「いや、意味が分からんぞ、ララ」
知りませんと言うと、ララはそそくさと先に部屋へ行ってしまった。
翌日モンスターで得た品の換金をする為、レイ達は質屋に向かった。
質屋には相変わらず客はいない。これで商売が成り立つのかとこちらが心配になるほどだ。
「いらっしゃい。おう、兄ちゃんか」
「兄ちゃん」呼ばわりされるのにもすっかり慣れてきた。ここのオヤジには最初から本当に世話になっている。換金を行う。恩を感じ換金はここでしかしていない。
換金の後オヤジとたわいもない会話をしていると、ふと店の隅にあるひとつの盾が目に入った。
「オヤジ、あの盾はなんだい?」
「ああ、あれか」
オヤジはちょっと困ったような顔をして話し始めた。オヤジの話では少し前に洞窟奥深くでトレジャーハンターが発見し売りに来た由緒ある盾だそうだ。ただその重さが異常で、大人2人ぐらいでないと運べなかったとのこと。装飾も立派で価値はあるかもしれないが実用性が無く買い手がつかないと困っているそうだ。
「見せて貰ってもいい?」
「いいぜ、気をつけな。重いから」
少し埃を被った盾に近寄る。大きさは人の背中ぐらい、確かに見事な装飾だ。
ふうー、と埃を吹き持ち上げてみる。
――えっ、軽い?
良く分からないのだが見た目よりもずっと軽くて、ほとんど負担にならない重さだ。
オヤジは口を開けてこちらを見ている。
「おいおい、どういうことだ? 重くないのか?」
片手で盾を持ち上げたり構えたりしてみるが、重さはそれほど感じない。
「こんなこともあるんだな。兄ちゃんだけが持てる術でもかけてあるのかい」
「良く分からないけど、これ幾ら?」
「銅貨5枚だよ」
「そんなに安くていいの?」
「ああ、お前以外に誰も欲しがらないから。それにそれでもちゃんと利益は貰ってるぜ」
「ありがとう、これ貰うよ」
シェリーの言葉を信じたわけではないが、今日何だかこの盾に引き寄せられた感じがした。携帯するには少し大きいので皮のバックルを取り付け背中に装着した。これなら動きやすい。
「ありがとさん」
オヤジは厄介な品物が売れたせいかちょっと嬉しそうである。さてモンスター狩りだ。
「レイ様」
ララが呼び止める。
「何だい?」
「よくお似合いですよ」
「うん、ありがと」
レイはララと共に外へモンスター狩りに出かけた。