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悪役腐令嬢様とお呼び!  作者: 節トキ
聖アリス女学院初等部
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腐令嬢、歓喜す


 アステリア王国は羽根を広げた蝶々のような形状をしており、北は広大な森を境にヴォリダ帝国、西は山々の向こうにケノファニ共和国、東はクロノ第二王子殿下の留学先であるプラニティ公国と三国に挟まれている。


 南には、白い砂浜が美しい海。毎年夏になると、お兄様と毎日のように海水浴に出かけるのが恒例だったのだが、今年はそんな余暇も与えられなかった。


 お父様もお母様も顔を合わせる度に勉強せねば何としても合格せねばと口うるさくて、とても遊びに行かせてくれるような状態ではなかったのだ。


 なので、リゲルに会うための外出許可をいただくのがやっと。それも週に二回、一時間程度のみというお嬢様もビックリの厳しさだ。



 ……って私、一応お嬢様なんだっけ。



「わあ、大変そうですねぇ。それじゃあこれで、海に行った気分を味わってください」



 リゲルに手渡されたのは、掌ほどの綺麗な白い貝。元気になった母親と念願の海に行ってきたのだそうで、彼女は真っ黒に日焼けしていた。



「耳を当てると、波の音が聞こえるんですよ〜。ああ、楽しかったなぁ。ずっと森育ちだったんで、何もかもが新鮮でした!」


「そうかい。こっちゃ相変わらず地獄のデスク縛りだったよ。もう椅子に座りたくない。机に向き合いたくない……」


「でも、お家ではどこもかしこも冷房効いてるんでしょ? そんな快適な空間にいられるならいいじゃないですか。あたしの家なんて、扇風機一台でこの暑さを凌いでるんですからねっ! 海に一回行ったくらいじゃ、全然涼んだ気がしませんよー」



 ぷーと頬を膨らませ、リゲルは日除けパラソルを見上げた。


 いつもの噴水前広場は、普段とは大きく違う様相に変貌していた。ベンチにはカラフルなパラソルが取り付けられ、出店が並び、多くの人で賑わっている。また本日のみ解禁ということで、子ども達が噴水の中に入ってはしゃいでいた。


 聞けば、納涼祭をやっているのだという。


 今日は珍しく、自称護衛のステファニが付いてきていないので、久々にリゲルと二人きり。


 彼女は本日、勉強の進捗状況の確認のため、イリオス様に王宮へお呼ばれしているのだ。イリオス様曰く、私に聞いてもアテにならないんだってさ。でしょーね。



 カキ氷を食べて涼を取った私達は、キャッキャウ腐腐フフと萌え話に花を咲かせた。もちろん、通りすがるメンズに目を光らせ、妄想するのも忘れない。



「やっぱり、クラティラスさんと二人で話すのが一番楽しいです。ステファニさんや他の皆様が嫌いなわけじゃないんですけど、反応を気にせず安心してぶっちゃけられますし」


「わかるー、私もリゲルとマンツーマン語りが一番好きだわ。ドン引き案件もののマニアックなエロにも乗ってくれるし」


「何たって、あたし達は地雷なし!」

「男同士なら全てがご馳走だもんね!」



 ニヤァと笑い合うと、私とリゲルはハイタッチした。いやー、本当に素晴らしい同志に巡り会えて幸せだよ!



「頑張っているクラティラスさんを見習って、実はあたしもこの夏休みから挑戦したことがあるんですよ」



 楽しい時間はあっという間に過ぎ、迎えのためにこちらに向かってくる護衛の姿が見えたところで、リゲルがふと漏らした。



「あたし、長編小説を書き始めたんです。やっと設定を組み終えて、本文に取り掛かったばかりですけれど」


「え……本当に?」



 心臓が一気に高鳴り、ぱぁっと光が差し込んだように世界が明るくなった気がした。


 あれほど切望した、BL小説を読める。

 様々なBLを好き嫌いなく味わい噛み砕き、持ち前の美しい感性で紡ぐリゲルの物語が形になる。


 これは私にとって、ずっと待ち焦がれた瞬間でもあった。この前のお試しで書いてみたというものではなく、リゲルは真剣にBL小説を書こうとしている。



 この世界に、初のBL小説家が誕生するのだ。



「小学校卒業までには、書き終えるつもりです。できたら、クラティラスさんの合格祝いに、と考えてて」


「リーゲールーー!」



 押し倒すくらいの勢いで、私はリゲルに飛び付いた。



「ありがとう、本当にありがとう! 私、頑張る! 必ず合格してみせる! だからリゲルも、必ず完成させて! 一緒に目標を達成しよう!!」



 リゲルも強く私を抱き締め返し、耳元にそっと囁いた。



「もちろんです。わかっていると思いますけれど……落ちたら、読ませませんからね?」


「何てこったーー! 天使だと思ってたのに悪魔だったーー!!」


「悪魔で結構でーす。この取引が、少しでもクラティラスさんの力になるならね! ほら、護衛さんがいらっしゃいましたよ。帰ってお勉強しなくちゃ」



 リゲルに背中を叩かれ、私は渋々彼女から身を剥がした。



「クラティラスさんにはあたしが、あたしにはクラティラスさんが付いています。だから、きっと大丈夫。お互い、頑張りましょう!」



 リゲルは笑顔でそう告げると、いつものようにいつまでも見送ることはせず、さっと踵を返して走り去っていった。


 彼女もこれからすぐに取り掛かるのだろう。目的の達成のために。



 ならば私だって、こうしちゃいられない。



 護衛と共に屋敷に帰ると、私はお兄様のお部屋で一緒に勉強させていただいた。膝枕している間もわからないことを聞いたり、応用問題を出してもらったりして、積極的に学んだ。


 おかげで遅くに戻ったステファニは『サボっているものだと思い、殿下からクラティラス様への罰に最適だという頭部攻撃をせっかく教えていただいたのに』と軽くしょげていた。


 オイコラ、そこはしょげるとこじゃねーだろ。普通に喜べや。


 というか軍で鍛えたお前にアレやられたら、マジで頭が千切りキャベツになるわ!


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