腐令嬢、画伯を知る
「おめス」
「ありス」
私が片手を上げて祝えば、イリオスも軽く手を掲げて応える。
本日はイリオス第三王子殿下のお誕生日。
しかしあまり派手に祝われたくないというのが第三王子殿下の意向なので、私もこのように雑な対応で済ませているのである。
「そうだ、イリオス様、今日お誕生日なんでしたね! うっかりしてた! 何かプレゼントの代わりにもの、持ってきてたかな?」
私の声を聞いて、リゲルが慌ててバッグを漁る。
あーこれ、ゲームで見たシーンだわ。他の攻略対象は当日になると日付が変わった朝に『本日は○○の誕生日です』ってテロップが出るのに、イリオスだけは何もないんだよね。
イリオスがハブにされたのでもシステムミスでもなく、もちろんそれには理由がある。
ヒロインのリゲルはイリオス様のお誕生日を忘れていて、その場しのぎのプレゼントを送る。すると悪役令嬢クラティラスが現れ、そのプレゼントをぶん投げて、
『マイダーリンにダッセェもん贈るなや! 庶民の分際で、調子こきよって! ええもんならまだしも、こんなゴミを渡してくるたぁ第三王子をなめくさってんのか、アァン!?』
原文はあまり覚えてないが、大体のこういった概要の言葉を吐き散らしキレ倒す。誠に面倒な女である。
けれどイリオスは投げ捨てられたプレゼントを拾い上げ、感謝の言葉を述べる。加えて『高いばっかで見栄しか感じられない品より、やっぱ心のこもったプレゼントが嬉しいよね!』的な、クラティラスへの当て付けじみた台詞も同時に吐いてくださるのだ。
確か、一年の時の選択肢は『家から持ってきたキャンディ』『バッグに付けているキーホルダー』『校庭で摘んだ野の花』の三種。好感度が最も上がり、イリオスマイルまで披露してもらえるのは野の花だったっけ。
「はい、できましたっ! イリオス様、お誕生日おめでとうございます!」
だが現実のリゲルはそのどれとも違うものを差し出し、にっこりと可愛らしく微笑んだ。
「ああ……あ、ありがとう、ございま、す……っ!?」
受け取ったものを見るや、イリオスの顔が引き攣って青褪める。リゲルが彼に手渡したのは、一枚の紙だった。
きっと即興で詩でも認めたんだろう。そう思って覗き見した私は、しかし即座に後悔した。
そこには、鉛筆で描かれた地獄が口を開いていた。脳が像を結ぶことを全力で拒否したようで、目にしたものが絵であると認識するまで時間がかかったほどだ。
絵の具を叩き付けて表現するイリオスに対し、リゲルは恐ろしいくらい細かな描写で視覚から五感全てを狂わせにくる。この短時間で、どうやってここまで描き込んだんだと問い返す声も出ない。
まさかのイリオス超えだよ……リゲル、お前も画伯やったんかい!
「イリオス様を描いてみたんです。やだ、絵が上手なクラティラスさんに見られると恥ずかしいな」
ほんのり薔薇色に染まった頬を押さえ、リゲルが軽く俯く。こんなにも乙女な表情するプリティ・ガールがこの地獄を生産したんだよなぁ……と遠い目をしつつ、私は声を絞り出した。
「リゲルの絵、初めて見たけどすっごく上手ダヨー。イリオスだってすぐにわかったヨー。イリオスも感激のあまり、声が出なくなってるミタイヨー?」
「アッ……ハイ。ソーデスソーデス、嬉しくて言葉が出なくなりマシター。とっても似てると思いマスー。宝物にシマスー。ワーイ、ヤッター……」
地獄に魅入られてSAN値をごっそり持っていかれてたイリオスも正気を取り戻し、懸命に絶賛した。
しかしおだてすぎたようだ。気を良くしたリゲルは、もう一枚お贈りしたいと言って再びペンを取って机に向かい始めた。今度は私とのツーショを描いてくれるそうな……。
その間に、イリオスはこっそりと私に耳打ちしてきた。
「リゲルさんって、あんまり絵が得意ではないのですな。正直、何を描いてあるのかさっぱりわかりませんでしたぞ……」
…………お前が言うな。リゲルだって、お前にだけは言われたくないと思う。