腐令嬢、半分こする
「で、でも、江宮は私を待ってただけじゃん? 何も悪いことは」
「僕のせいじゃないですか!」
私の言葉を遮り、江宮は顔を上げてこちらを睨んだ。
「僕がとっとと用事を済ませてしまえば、大神さんはあの場所に留まることはなかったんですよ! あの日あの時あの場所で、事故に遭うこともなかった! 僕さえいなければ、大神さんは死なずに済んだ! 何より、最初から高峰さんと付き合うべきじゃなかったんだ!」
「ふざけんな!」
堪り兼ねて、私は江宮の体操着の胸元を引っ掴んだ。
「美鈴はお前のことが好きだったんでしょ!? だから親友の私にも何も言わずに、お前に告ったんじゃん! 好きな人と一緒にいられて、その人の彼女になれて美鈴は嬉しかったはずだよ! なのに付き合うべきじゃなかったなんて、お前が言うな! 美鈴の幸せだった時まで否定すんな! たとえ片想いだったとしても、美鈴にとっては好きな人と過ごした大事な時間だったんだよ!」
「そうですよ! 何もかも僕が悪いんです!」
私に胸倉を掴まれながらも、江宮は憎々しげに吐き捨てた。
「好きになれないとわかってて、高峰さんと付き合ったんです! 母さんは誰とも触れ合えない僕の未来を案じていた……ずっと自分のせいだと責め続けていた母さんを、一時でもいいから安心させたかった! そのために僕は、彼女の想いを利用したんです! こんなクソ野郎、死んで当然ですよ! でも大神さんは違う、僕なんかの巻き添えで死ぬ必要はなかった! 死亡ルートしか待っていない未来に苦しむこともなかった! 大神さんがこんな目に遭っているのは、全部僕のせいだ!」
憎悪に満ちた彼の眼差しが向く先は、目の前の私じゃなかった。生まれ変わっても自分を嫌悪し続ける、江宮自身だ。
そうとわかったから、私は江宮から手を離した。
「…………そうだね。私が死んだのは、江宮のせいなのかもね」
静かに告げれば、江宮の身が小さく揺らぐ。構わず、私は続けた。
「でもさ、あの時のこと、よく思い出してみてよ。ほとんど一方的に喋ってたのは私だったじゃん? 私が一人で浮かれて、勝手に盛り上がってたよね?」
言いながら、自分でも思い出してみる。
江宮は終始、早く帰りたそうな顔をしていた。私はそれが癪に障って、何としても逃すまいと躍起になって挑発的な言葉を並べ立て続けた。
何より、久々に江宮と会って話せたのが嬉しくて、高校の時と変わらないノリが楽しくて、会話を長引かせようとした。
「あそこに引き留めたのは、江宮じゃなくて私なんだ。だから江宮が自分を責めるなら、私もそうしなくちゃ。私だって江宮を死なせて、朋絵ちゃんを悲しませたんだから……」
「違います、大神さんのせいじゃないです! だって大神さんは何も……」
懸命に庇おうとする江宮に、私は笑いかけた。
「違わないよ、ほら、おんなじじゃん。だから江宮も、自分のせいだって思い詰めないで。それが無理なら、半分こしよ。お互い様なんだし?」
江宮の――正確にはイリオス様のだけど――紅の瞳から、憎悪の炎が消える。
それから私の言葉に頷いて万事解決……かと思いきや、江宮はまた深く俯いた。
「……セリニ様が、大神さんに見えたんです」
「え? セリニ様がナオピッピに? ナオピッピも可愛かったけど、ちっとも似てないよ?」
反射的に問い返してから、私はしまったと口を押さえた。江宮が言っているのは、顔貌の話じゃないとすぐに気付いたからだ。
いやあのね、自分のことをナオピッピと呼んでいた幼女時代の私だって、セリニ様に引けを取らない可愛さだったの! あの頃はナオピッピが世界で一番可愛いと信じていたんだよ!
俯いたまま、江宮が肩を震わせる。
ナオピッピのことを小バカにして笑ったのかと思ったけれど、そうじゃなかった。
「炎に包まれて、助けてと叫ぶセリニ様が大神さんに見えて……それで記憶を取り戻したんです。助けかった、なのに何もできなかった。助けようと、手を伸ばしたんです。でも無意識に張っていたバリアに弾かれて、セリニ様は炎の中に吹き飛ばされてしまった……!」
江宮が頭を抱えて、銀の髪をぐしゃぐしゃと乱雑にかき混ぜる。
目の前で、燃えていく妹をただ見ているしかできなかった――イリオスはその自責の念で苦悩した。しかし江宮は私のことまで重なって、さらに大きなトラウマとなっていたようだ。
「事故の後は、ずっと大神さんが燃えている夢を見ていました。大神さんが救いを求めているというのに、僕がどれだけ手を伸ばしても届かない。大神さんの声がどんどん小さくなっていく、消えていく、死んでいく。その内に呼んでも呼んでも、返事をしなくなって、自分の声も聞こえなくなって……目が覚めたら、僕はイリオスだった。どれだけ悔いても大神さんに届くはずがない、だって『別世界』に転生したんだから。これが僕に与えられた罰だと思っていたんです…………クラティラスとなった大神さんに再会するまでは」
カミノス様が自分の名前だと勘違いしたのは――江宮が私を呼ぶ声。
イリオスも同じように苦しみながら、ヒロインであるリゲルに自分の過去を告白する。その時にリゲルは、魔法の言葉で彼の心を溶かすのだ。
『あなたが悪いんじゃない。あなたのせいじゃない。周りの人も許さない、あなた自身も許されないと思っているのなら、あたしがあなたを許します』
だけど今、この言葉を告げたってイリオスの中の人である江宮の心には何も刺さらないだろう。江宮にとって、あの魔法の言葉はゲームの台詞でしかない。
彼は『イリオス』じゃないんだ。
だから私は、自分の考えで自分の思う自分の言葉を口にした。
「私は、ここにいるよ」