腐令嬢、鞄と言い合う
課外学習が終われば、すぐに期末テストが開始する。同時にジメジメとした湿気は徐々に晴れ、蝉の鳴き声が耳につくようになった。
中等部ラストでトップスリーに入った私だけれども、高等部最初の期末テストは中間テストと同様、ギリギリで落第を免れたというレベルだった。
ほんっと、世界の力さんって性格悪いよねー。進級試験の時みたいに手助けしてくれれば少しは可愛げあるのに。
テストというと、ゲームでは試験が近くなったらヒロインが放課後、攻略対象の一人に勉強を教えるっていうミニイベントがあるんだよね。
なのに一学期の中間でも期末でも、リゲルにノートを貸してくれとお願いしたり勉強を教わりたいと申し出たりする攻略対象者は一人もいなかった。
放課後はいつもすぐ部活に行ってたし、試験休みに入ってからは高等部に入るやアホに転落した私を心配して、一緒にテスト勉強しようって提案してくれたし……にしても、図書館での顔面洗濯バサミだけは勘弁してほしいわ。悲鳴出せないと、さらに痛く感じるんだよね! ったくステファニめ、余計な勉強法教えやがって! リゲルも『笑いを堪えるのが大変だ』と言いつつ止めてくれないし!
小悪魔ヒロインじゃなくて、ステファニと揃って悪魔腐レンドだよね!!
とにかく、いろいろあったけれど過ぎ去ったことは忘れよう。お待ちかねの夏休みがやって来るのだから!
高等部一年生の夏休みは、夏祭りくらいしかイベントがなかった……と思う。
この時点では、まだ通過イベントが少ないせいで、たとえ一人に絞って好感度を最大に上げてもルート分岐するに至らない。二年生からは、攻略対象のお宅にお呼ばれしたり、逆に攻略対象が家にやって来てお母さんに挨拶したり、二人で遊びに出かけたりもするんだよね。
そんなわけで、アステリア学園名物の山盛りの宿題さえやっつければ、ほぼ自由に遊べるのだ。
部活はもちろん、今年もやるつもり。だって休み中もできれば紅薔薇の皆と会いたいし、それに部活に行けばリゲルとステファニが宿題を手伝ってくれるんだもの。毎年毎年リゲル様々、ステファニ様々ですよ。心の中では悪魔腐呼ばわりしつつも、二人には逆らえないしいつも感謝してる。つまり私は悪魔崇拝者みたいなもんだ。
今年は宿題に加えてもう一つ、やらねばならないことがある。そう、イリオスに頼まれた料理だ。
王子の気まぐれ自由研究といったらそれまでだけど、渋々とはいえ了承した手前、頑張らなきゃ。それに、どんな理由だろうと手料理を求められるって、やっぱり嬉しいじゃない?
まぁ私はオリオにカミノス様の魔法が効かなかったのは、たまたまか単に体が強いからかのどっちかだと思ってるけどね……。
お料理についてはお兄様が側について、材料や分量などをメモってレシピを作成してくれるそうな。ついでに私から技を盗むつもりらしい。
でもその前に、実験に参加してくれる者達を紹介するついでに練習がてら実際に作って、具体的な量の感覚を掴んだ方がいいだろうというイリオスの提案で、私は一日限定で王宮の離れにお泊まりさせていただくことになった。
「……クラティラス、だけなのか? 私はお呼ばれしていただけないのか……? そんな……せっかく休みになったというのに、クラティラスと離れ離れ? 料理なんてそっちのけて、どうせイリオス殿下と二人で仲良く子づくりの練習をするつもりなのだろう……? そんなのイヤだぁぁぁ! 私も行く、行くったら行く! 大丈夫、お兄様、体柔らかいから! クラティラスの手持ちのバッグに入れるから!」
当然のようにお兄様は泣いて暴れ、私がキャリーバッグにせっかく詰めた荷物を全部放り出してくれたよ。驚いたことに、本当にバッグにきちんと収まったよ。ちょうどいいから、ファスナー締めて放置しといたよ。その間に、取っ散らかされた荷物を別のバッグに詰め直したよ。
バッグの中からギャンギャン喚くお兄様を横目に、私は溜息をついた。
この人、本当にゲームの攻略対象なの? 本当に不穏な内容の続編ラノベの主人公になるの?
確かにヴァリティタ・レヴァンタは『アステリア学園物語〜星花の恋魔法譚〜』で一番人気のキャラだったみたいけどさ……今のお兄様を見ても、ヴァリティタ推しだった人は投票してくれるんだろうか?
どんな時も穏やかな笑顔を崩さず、どんな選択肢を取っても優しい言葉をかけてくれたヴァリティタ。
そのため他のキャラなら表情や態度や言動で何となく察せられる好感度が非常にわかりにくく、マメに好感度ステータスをチェックしていないとイベントフラグを取り逃がすという難儀なキャラだった。
そんな心優しきハートブレイカーだったヴァリティタ・レヴァンタは、この世界にはいない。
「クラティラス、出してくれ! 開けてくれ! 何でもするから!」
「何でも? だったら、私のこともイリオスのことも諦めて」
「それ以外で!」
「じゃあ、無理矢理ついてこようとしないで。家でおとなしくしてて」
「それ以外で!」
「今夜はハンバーグだそうだから、お兄様の分も私にちょうだい」
「それ以外で!」
「それ以外それ以外って、それ以外ばかりじゃないの! もういい、このままずっとバッグから出てくるな!」
「それ以外でええええ!!」
バッグになり果てた兄と私の兄妹喧嘩は、イシメリアが夕飯の知らせのために呼びに来るまで続いた。