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悪役腐令嬢様とお呼び!  作者: 節トキ
アステリア学園中等部三年
284/391

腐令嬢、聖女を学ぶ


 アステリア王国には『国が危機に陥ると聖女が現れて救う』という言い伝えがある。死生観や宗教については笑えるほど緩い国ではあるけれど、聖女なる存在は他国にはない独自のものだ。


 言い伝えといっても幻想や空想の産物ではなく、現実に聖女は存在し、この国に平和をもたらした。それはしっかりと歴史に記録され、今も語り継がれている。


 聖女は神や仏のような概念の存在とは異なり、生きた人間だ。リゲルも後に、この称号を賜ることとなる。


 しかしアステリア国民にとっては周知の固有名詞であるにもかかわらず、聖女という単語を表立って口にする者は少ない。ゲームでも、リゲルが世界を救った時に初めて民衆達の間からその言葉が飛び出してきた。おかげで『いきなり聖女って……』と軽く引いた覚えがある。子ども向けのゲームだし、偉業を成し遂げた女の子にわかりやすい称号を付けただけなんだろうと、その時は受け流していた。


 けれど、この世界に暮らすようになった今ならわかる。聖女というのは『気安く呼んではいけない存在』なのだ。


 聖女なる者がこの国に初めて現れたのは、アステリア戦争と呼ばれる大きな戦の折。


 数百年前、このアステリア王国では人間と人外なる存在とが互いの覇権を争い、激しくぶつかり合った。長きに渡った戦はヴォリダ帝国の助力により人間側が勝利し、反乱に加わった人外の魔物達は全て北の森に封じ込められた。しかしその裏では、戦火からアステリア王国を救うため、一人のアステリア王国軍兵士である女性が暗躍したという。

 彼女は軍の上層部に、アステリア王国と国交を()っていた隣国のヴォリダ帝国に救助を要請すべきだと進言。しかしそれが聞き入れられなかったため、戦乱の最中に危険を顧みず単身で北の森を抜け、ヴォリダ帝国皇帝に自ら直接交渉した戦功者の一人――と、教科書や歴史書には描かれている。



 彼女こそが、この国に平和をもたらした聖女。


 聖女という特殊な名称が授けられたのは、当時のアステリア国民にとって神の如き救世主だったからだろう。何といっても彼女は、長い戦によって強いられてきた苦しみから彼らを解放した存在なのだから。


 なのに、現アステリア国民はおおっぴらに彼女を崇めない。理由として、まだ男尊女卑の考えが根強い社会の中で、男共を差し置いて華麗に活躍しちゃった女性だから、というのがまず一つに挙げられる。


 でもそれ以上に、聖女の出現が戦乱の真っ只中だったということが、アステリア国民の胸の内に大きな影を落としているせいだと思われる。

 アステリア国民にとって聖女は救世主である同時に、イコールを戦乱を暗示する存在――そういった意識が働いて、軽々しく名前を呼ばない……ううん、彼女の名称を呼ぶことで共に戦を呼ぶのではないかと、皆恐れているのだ。



 この世界に転生し、この国で暮らす内に私の聖女の認識は、ゲームでのリゲルの活躍も加えて、戦を鎮める戦乙女のような存在、というものになっていた。


 ところが、イリオスが読め読めしてきた本によると、その英雄的な聖女像は捏造だというじゃないの!



 名前も明らかでないという彼女には、人や人外などを超越した『高次元の存在』と交信する能力があったそうだ。


 兵士に志願したのも、戦うためでなく戦争を止めるためだったとか。最初は人間側から説得しようと試みたもののうまくいかず、彼女はわざと捕虜となり魔物側が陣地としていた北の森に身を投じた。人間には伝わらなかったようだが魔物の方は彼女の言葉に打たれ、人間側の要求を全て飲んで身を引き、戦争は終結した。


 共に捕虜となった兵士達は、生還してすぐにこのことを伝えようとしたらしい。しかし彼女の訴えを退けた者達が保身に走ったせいで厳しく弾圧され、口を閉ざすしかなかった。著者曰く、ここに記載したのはその兵士達から聞いた話であり確かな真実、とのこと。



 う、うーん?

 歴史ってのは勝利した側が後世に伝えるものだし、事実とは異なる部分も大いにあるとは思うけど、ちょっとこれは眉唾ものじゃない? そりゃ私も最初はゲームのリゲルの印象が強くて、聖女イコール超常魔法パワーで不可能を可能にするマジカルガール的なイメージを持ってたよ? でも魔法はともかく『高次元の存在と交信』とまできたら、いくら何でも信じがたいって。


 要するに、この本では『聖女さんって神様とお喋りできちゃう、すごい人なんだよ!』って言いたいわけでしょ? それを鵜呑みにするのは、さすがに……ていうか何で私、聖女烈伝なんか読まされているんだ?



 見開きページに目を通し終えたところで頭がハテナマークだらけになったので、イリオスを見る。なのにイリオスは長い指先で、トントンと本を叩いてみせただけだった。先を読めということか、めんどくせーなー。


 仕方なく、私は自分の手でページを捲った。


 次は、弾圧された兵士達が件の彼女から聞いたという、聖女なるものの正体。おいおい、まだ聖女話が続くんかい。


 うんざりしつつも視線を本に落とすと、いきなり気になる言葉が目に留まった。



 『動の聖女』と『静の聖女』。



 聖女には二種類ある? はてさて、どういうことなのか?


 それを知るには、開いたページを読むしかない。仕方なく私は、そのページの文字を追った。


 後に聖女と呼ばれることになった女性は、戦が始まる前に『高次元の存在』からこう告げられたという――自分の力で密かに国を守らせていた女性が不慮の死を迎えてしまった、こうなったからにはあなたがこの国を守るしかない、と。

 そこで彼女は初めて、自分が精霊に選ばれた存在であり、もう一人自分と同じように選ばれた者がいたのだと知った。同時に、それぞれ課せられた使命が違うということも。


 その二人を動の聖女と静の聖女と命名したのは、この話を聞いた兵士達だという。彼らに動の聖女という呼び名を付けられた女性は、精霊との会話で知った己の使命を自嘲気味に語った。



 ――あなた達が静の聖女と名付けた女性が生きていれば、この戦争は起こらなかったのかもしれない。顔も知らない彼女が亡くならなかったら、きっと動の聖女である自分が動く必要はなかった。動の聖女はいわば、静の聖女の保険のような役割なのよ――



 さらに彼女はこうも言った。選ばれたのは、自分達が初めてではないらしい。今回だけでなく、『高次元の存在』はこれまでも『必ず二人選んできた』のだと教えてくれたことも。


 どうやら聖女には、二つのタイプがあるようだ。この国に危機が迫った時、己の能力を使って救うのが動の聖女。それに対して『生きて存在』するだけでこの国を守る静の聖女。


 彼女の言葉を――この本の記録を信じるなら、何事もなく平和な現在、静の聖女はこの国に無事生きているという可能性が高い。


 聖女の片方は、リゲルだ。リゲルはきっと動の聖女。



 となると、静の聖女は――。



「……まさか、ステファニ? 嘘でしょ、そんな」



 ゲームでステファニが辿った末路を思い出し、私は震えた。


 高等部三年の冬、北の森の魔物達が結託して再び反乱を起こす。それをいち早く察知したゲームのヒロイン、リゲルは『第二次アステリア戦争』に発展させまいと奮闘し、攻略対象達と協力し合って制止するというイベントがあるのだ。あの動乱の前に、きっと静の聖女は亡くなったと考えられる。


 時期的に、条件に該当する人物といったらステファニ・リリオンしか思い浮かばない。ステファニはそのイベントの前に、とある事件で『命を落とす』からだ。



「いいえ、違います」



 ゲームの出来事を思い出して震えるばかりの私の耳に、イリオスの静かな声が届いた。思わず顔を上げれば、床に置いた懐中電灯に仄かに照らし出された紅の瞳と目が合う。


 イリオスは私を真っ直ぐに見つめ、先を続けた。



「あの冬のイベント、現実的に考えてみるとあまりに雑じゃありませんか? 子ども向けだという点を考慮しても、ご都合主義だらけでしたよね? ただヒロインを皆に聖女と呼ばせたいだけ、といった感じで」



 私もその意見には賛成だ。


 魔物達は『何だかムシャクシャしてやった、今は後悔している』的な適当極まりない動機で暴動を起こしたし、リゲルの説得で拍子抜けするほどあっさり引き下がった。その前のステファニの事件が重すぎたのもあって、驚きのチョロさに、本当に魔物達と和解できたのか? この後まだ何かあるんじゃないか? と暫くは疑心暗鬼になりながらプレイしたくらいだ。


 今考えると、えらいゲームバランス悪かったよね。



「あの反乱は『聖女を炙り出すために何者かが魔物を洗脳した』せいで起こったものだったんです」


「それも、続編のラノベで明かされたことなの……?」



 恐る恐る問うと、イリオスは頷いた。



「つまり、あれは『国の存続が危ぶまれるほどの事態』じゃなかった。アステリア王国にとっての真の危機は、続編のラノベで展開される『聖女戦争』の方なんです」



 ――『聖女戦争』。


 その名称だけで、リゲルが戦に大きな形で関わるであろうことは容易に想像できた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ん?つまり?クラティラスが静の聖女ってこと? いや、違うか、この作品で1番うるさいもんな。 (そういうことではない
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