腐令嬢、さすインす
生理的に苦手、というのは私にもある。
性癖にはドストライクなんだけど、絵柄が受け付けなかったBL漫画。キャラは萌えるのに声優がどうにも合わなかったBLアニメ。ストーリーは好みでも文章が引っかかって頭に入ってこなかったBL小説。良作と皆に勧められたにもかかわらず、何故かハマれなかったBLゲーム。大好きなBL関連だろうと、私だってダメだったものは多い。
だからイリオスがトカナを苦手だと感じているとしても、不思議はないし文句も言えない。私にとって可愛い後輩なんだから、お前も好きになれと強要する方がむしろおかしい。人は人、自分は自分。何事も押し付けは良くない。
「でも、なぁんか引っかかるんだよねぇ……」
「クラティラスさん、どうしました? 悪い攻めに引っかかった薄幸受けが身も心もボロボロにされて、それでも彼の側にいたいからと自ら傷付く道を選んで堕ちていく、バッドエンドBL妄想でもしていたんですか?」
もふもふとわたあめを頬張りながら、リゲルが私の独り言に問い返す。思いっきり見当違いだけれど、そのバッドエンドBL……ものっすごい好みです! 是非とも熱く深く詳しく激しく語り合いたい!
「バドエンはいけません。それにクラティラス様がイラストを描いたら、間違いなくグロ要素満員御礼状態になるではありませんか。傷口をあれほどリアルに描写されたら、萌えるより先に萎えます」
両手でばいんばいんとゴム紐が付いたヨーヨー風船をもてあそぶというゴキゲンな状態で、ステファニが淡々と言う。いつか見せた激グロ絵のことを根に持っているようだ。
ステファニならそっち系に耐性あると思ったんだけどなぁ。お耽美調でも流血物はお好みでないらしい。
今日は快晴、文化祭日和。
自由時間になった私達は、自分達の中等部校舎ではなく真裏にある高等部に足を伸ばし、校庭に並ぶ模擬店を網羅していた。せっかくだから行ってみようと私が提案したのだ。
目の前には、ゲームで見た賑やかな光景が広がっている。ゲームのヒロインはリゲルだから、私の記憶にあるのはリゲル視点の映像だ。なのに当のリゲルは隣にいるなんて、不思議な感じ。まぁ悪役令嬢クラティラス視点でも、この風景に関してはそんなに変わることはないだろうけど。
「来年は、あたし達もここでお店をやるんですよね。すっごく楽しみですっ!」
リゲルの華やいだ声に、私は肉巻きスナック棒を詰まらせて噎せた。
「クラティラス様、大丈夫ですか? リゲルさん、高等部のお話は禁物ですよ。クラティラス様は中等部を卒業できるか、これからが正念場なのです。卒業試験に通れず留年、もしくは退学なんてこともありえるのですから、軽率なことを言ってはいけません」
私の背中を擦りながら、ステファニが当たらずも遠からずなフォローをする。
「そうだ、卒業試験があるんでしたっけ。うっかりしてたぁ……あたしこそ、進学が危ないかもですね」
そう言ってリゲルは、コツンと頭を軽く叩いて舌を出してみせた。
他の奴がやらかしたら『ブリッコ滅せよ!』と殴り倒したくなること間違いなしのあざといポーズだが、リゲルだと可愛く見えてしまうからすごい。さすがはヒロイン、さすインですわ!
「でもクラティラスさんなら、きっと大丈夫ですよ。三年生になってから、めきめき学力が上がってますもん。この間の中間試験じゃ、ついにトップテン入りしてましたし。追い抜かれちゃわないように、あたしも頑張らなくちゃ! これでも特待生ですからねっ!」
リゲルの笑顔があまりにも眩しくて、私は思わず目を逸らしかけた。
だけど、逃げてはいけない。リゲルは私のことを親友だと思ってくれている。私だって同じだ。だったら親友らしく、最後まで振る舞わなくては。
「そうよ、特待生なんだから気弱なこと言わないでよね。追い抜き甲斐がなくなるじゃない? その前に、ステファニね。いつもドラスとリコと三位の座を奪い合っているようだけれど、私が軽く飛び越えてやるわ」
嫌味な口調で宣言すると、私はフフンと挑発的に笑ってみせた。
テストで一位と二位を常に争っているのは、リゲルとイリオスである。一年生から三年生まで、一位から三位の順位合戦はほぼ変わらなかった。
しかしよくもまあ、アホの私の周りに、ここまで賢い奴が揃ったもんだ。類友という言葉はあるけれど、こんなにも当て嵌まらないパターンは珍しいんじゃないかな?
「クラティラスさん、超強気だぁ! あたしも負けませんからねっ!」
「越えられるものなら越えてみせろです。クラティラス様が勝ったら、私が例の顔面洗濯バサミを受けてやりますよ」
「お、言ったわね? じゃあ私が首位を取ったら、リゲルとステファニはお揃いで顔面洗濯バサミね! ついでにイリオスにもやらせよーっと!」
「えー! ちょちょちょちょっと、あたしはやるなんて言ってませんよっ!? なのに何であたしまで巻き込まれてるんですかあ!?」
「イリオス殿下は関係ありません! それよりもクラティラス様に罰ゲームがないのはおかしくありませんか!? 不公平です!」
「言ったもん勝ちですぅー。二人には顔面洗濯バサミでBL妄想語ってもらって、それを顔面洗濯バサミのイリオスに聞かせてさらに泣かせてやるんだから! ああ、今から楽しみだわ!」
いつものように仲良く戯れている内に最後の自由時間はあっという間に終わり、私達は駆け足で部室に戻った。ラストの枠となる次の時間帯の案内人役は私とリゲル、案内所の担当は私なので。
我々紅薔薇支部では、三人ずつのローテーションを組み、二時間ごとに交代して休憩を回す。万が一のことを考え、表に出る三人だけでなく、別チームの三人も裏に待機させておくという形にした。女の子だけじゃ、いろいろと心配だからね。
中等部の催し物は本館がメインのため、旧館にやって来る人はそんなにいないかと思ったけれど、一生懸命チラシを配布したおかげもあって想像以上の来客があった。
とはいえ、チラシの効果より白百合からの流入が多かったんだと思う。活動方針は大きく違っても一応は同じ部活なので、来てくれた人には互いの支部もオススメしているのだ。
ちなみに白百合支部は彼らの部室にて、プラネタリウムならぬユリネタリウムを開催している。イリオスが借りてきた投影機で、暗くした部屋の天井に私が描いてあげた百合ップルの絵を映して、部員達が作った百合詩やら百合物語やら百合歌やらを披露してるんだって。
ね? 腹立つくらいクソ面白そうじゃない?
提案したのはデスリベらしいんだけど、こんないいアイディアまで出せる超逸材だったとは。とっととBL沼に落として紅薔薇メンバーに引き込むべきだったと本気で悔やんだわ。
あーあ、私も同じことをBLでやりたかったなぁ……今年も白百合に負けちゃった気がするよぅ。
でも文化祭で真似するのはしゃくだから、お父様に投影機をおねだりして自室でこっそりやろう。そうしよう。