腐令嬢、異臭を放つ
「どういうつもりなの?」
部室のある旧館から、ドリンクの自販機が設置されている本館食堂に向かって歩きながら、私はイリオスに問うた。
「どういうつもり、とは?」
なのにイリオスの奴、私の質問に対して涼しい顔でオウム返ししてきよった。本当にこういうところだぞ!
「そりゃ、イリオスも忙しいのはわかってるよ。そんな中で時間作ってくれたのには、私も感謝してる。でもさ、言い方ってもんがあるじゃん? 内容についてじゃなくて、口調のことね? えらく冷たい感じで言うから、トカナはイリオスが迷惑してるんだって誤解したと思う。すごく萎縮しちゃって可哀想だった」
「そうですか」
私にしては譲歩して諭したというのに、イリオスの返事はひどく素っ気ない。
これは、もしかしなくても不機嫌なのか? 怒らせるようなことはたくさんしたけれど、思い当たる節が多すぎて絞り切れない。
「ねー、何怒ってんの? 私が何かしたなら謝るからさー、トカナに当たるのだけはやめてほしいんだよねー。私達にとっては、宝に等しい大切な後輩なんだから」
「怒ってるんじゃないです」
到着した自販機にお金を入れながら、イリオスが抑揚なく答える。
怒ってないなら何だっつーの。怒ってる奴ほど、怒ってないって言いがちよな。面倒臭いわー。
「クラティラスさん、すみません……これは僕のワガママです。特に理由があるわけじゃないし、ヴラスタリさんがいい子なのもわかっています。でも二人で過ごしている内に、どうも苦手になってしまったみたいで。だから、あまり二人になりたくないんですよ……」
イチゴ牛乳のボタンを押そうとした私の耳元に、イリオスはそっと本音を漏らした。
ちょっとー!
ビックリしすぎて、間違って隣のニンニク牛乳スカッシュのボタン押しちゃったじゃないのー! 誰が飲むんだ、これー!!
「うわ……これまたとんでもないものを買いましたなー。それはクラティラスさんが飲んでくださいね。王子の奢りを無駄にしないように」
んなご無体なーー!!
取り出し口に落ちてきたドリンクの紙カップを握り締め、私は涙目でイリオスを仰いだ。
「そ、そんな目で見られても、僕だってさすがにニンニク牛乳スカッシュは飲みたく……ああもう、わかりましたよ! もう一つ買っていいです! 半分は僕のせいですからね!」
ちょっれーー!
ウルウルの眼差し向けただけでこれだよ。いくら何でもチョロすぎやしませんかね?
でも、イリオスがどんどん私に甘くなるのは仕方ない。私だってリゲル達と同じく、ほとんどゲームの姿に完成しつつあるのだから。江宮が最推しだったという、悪役令嬢クラティラス・レヴァンタのヴィジュアルに。
イチゴ牛乳を三つと謎めいた飲み物を手土産に紅薔薇支部の部室に戻ってみると、トカナの姿がなかった。帰ったのかと思ったけれど、彼女はすぐに戻ってきた。聞けばトイレに行っていたという。
眼鏡の奥のダークネイビーの瞳がほんのり赤みを帯びていたのは、泣いていたからだろうか?
しかし私は敢えて問い質さず、イチゴ牛乳を手渡して明るく接した。イリオスもトカナに先程の突き放すような物言いを謝り、自分で良ければ力になると約束してくれた。
ちなみにニンニク牛乳スカッシュは、私的には意外といける味だった――――のだが。
「おげっ、くっさ! クラティラスさん、今だけは喋らないでくださいね? できたら呼吸もしないでください。婚約者だろうと我慢できるレベルを遥かに超越した極悪スメルを放ってますぞ? まさに臭ティラスですぞ!?」
「うえっ、きっつ! クラティラス先輩、ごめんなさい! 私も無理です。無理オブ無理です。いくら憧れでも、今の先輩には近付けません……って、いやぁあああ!? こっちに来ないでぇえええええ!!」
飲み終わった後の私の口腔からは、半端ない臭いが放出されるようになったらしい。
こうなったからには遊ばなきゃ損とばかりに、私は鼻を押さえて逃げ回る二人を追い回した。私が悪役……というより悪臭鬼と化しての鬼ごっこは功を奏し、何とかトカナに笑顔を取り戻すことには成功した。




