腐令嬢、ぶったまげる
「コ、コラ、ヴァリティタ! 最後まで聞きなさい! この件はイリオス殿下がお前達のことを考え、ご厚意で秘密裏に対処してくださったことだ。それ故、殿下に却下された場合は、私からは口添えも助力もできない。それだけは心得ておくように」
「大丈夫ですよ! クラティラスが何とかしてくれますので! クラティラスは私のことが大大大大大好きなのですから!!」
もうこいつ、ほんとダメだ……。お父様の苦言も通用しない。ブリッジでは物足りなくなったのか、バク転まで始めちゃったじゃん……。
そんなお兄様を見て、お父様はお母様と目配せし合うと、咳払いをした。それだけで何かを察したらしく、お兄様ははっちゃけアホアホ行動を止めて私の隣に戻ってきた。
「せっかくだから私からも尋ねたい。ヴァリティタ、お前は私達のことを親として受け入れてくれているのか?」
お父様の声音にも、お母様の表情にも、緊張が漲っていた。これこそ、両親二人がお兄様に最も聞きたかったことに違いないだろうから。
けれど、わざわざ問うまでもない。言葉にするより先に浮かんだお兄様の晴れやかな笑顔が、何よりの答えだ。
「もちろんです。自分の生まれについて聞かされた時は複雑な気持ちになりましたが、私はお二人を本当の両親のように……いいえ、本当の両親だと思っております。血の繋がりなど、関係ありません。私の父はトゥロヒア・レヴァンタ、母はダクディリ・レヴァンタです。これまでも、これからもずっと、このことだけは変わりません」
「ヴァリティタ……!」
息子の名を呼び、お母様は椅子から崩れるようにして降りてくると、床に座るお兄様を抱き締めて嗚咽し始めた。
お母様の膝の上にいたプルトナはお父様がキャッチしたので、無事だった。てか、放り出されたことにも気付かず寝てるし。本当に図太い猫だわー。
「だ、だがヴァリティタ、お前はレヴァンタ家を継ぎたくないと言っていただろう? 己の出自に思い悩んだ末の決意でなかったのなら、何故あんなにも拒絶したのだ?」
「ああ、そのことについては私からもお話があります」
泣きながら縋り付くお母様を宥めて元の椅子に座らせると、お兄様は再び私の隣に座った。
「私は、クラティラスを愛しております。兄としてではなく、男として」
ウソでしょ……言っちゃったよ、こいつ!!
突然の告白に、両親はポカーンと目も口も開きっ放しになっている。きっと私も同じ顔になっていることだろう。
顎先を掴まれ、私は強制的にポカーン面をお兄様の方にに向かされた。
「すまない、クラティラス……やはり、どうにも諦めがつかなかったのだ。養子である立場を利用するなんて、我ながら卑劣にも程があると思う。お父様とお母様にも、本当に迷惑をかけてしまった。けれど、それでもイリオス殿下との婚約さえ解消できれば、と考えずにはいられなかったのだ。お前がレヴァンタの正式な後継者となれば、殿下も身を引いてくださるのではないか、と。それが叶えば、傷心のお前を慰め、私が婿に入ることも夢ではないかもしれない、と」
驚きがビックリのアンビリーバボー!
こいつ、そんなこと考えてやがったの!?
バカだバカだと思っていたけれど、まさかここまでとは……!
そこでお兄様は両親に向き直り、手を付き深々と頭を下げた。現代日本と同じでこの世界でも究極と言われる謝罪スタイル、土下座である。
「お父様、お母様、これまでご心配をおかけして申し訳ございませんでした。この通り、私は卑怯者です。私はこの気持ちを諦めることもできなければ、お二人にもクラティラスにも打ち明けることができなかった。愛する三人に想いを否定されることが怖かったから。否定されるだけならまだしも、息子としても兄としても存在することが許されなくなり、『家族』の輪から外されてしまうのではないかと……私はそれが何よりも恐ろしかったのです」
お父様は困ったように眉根を寄せ、お母様は何か言いたげに、けれど何を言葉にしていいのかわからないといったようにくちびるを震わせていた。
お兄様の言う通り、早くに告白されていたとしても我々三人はどうにもできなかったと思う。
私は既に第三王子殿下と婚約した後だ。それにお兄様だって、養子とはいえレヴァンタの血を受け継いでいる。子がいない貴族が養子を引き取って跡を継がせることなど珍しくないのだから、私が現レヴァンタ家における唯一の実子でも、それを理由に王子との婚約解消を訴えたところで聞き入れてもらえないに違いない。お兄様が頑としてレヴァンタの名を継がないというなら、余所から別の者を養子に迎えればいいと言われるだけだ。
けれどお兄様がいる以上、お父様にはきっとそんなことはできない。周囲がドン引く程の子煩悩なお父様だ、我が子を差し置いて他の者に譲るくらいなら、自分の代で断絶させるだろう。だからあれほどまで、お兄様とぶつかり合ったんだ。
しかし、お兄様は一体これからどうするつもりなのか?
真意を打ち明けてしまったということは、やっぱり一縷の望みを賭けて、この家を……。
「けれども、私はもう自分を偽りません。お二人に軽蔑されようと見放されようと、気持ちを変えることはできません。たとえお父様とお母様にお前など息子ではないと拒絶されたとしても、私自身がお二人の息子であると思っていればいい。誰にも受け入れてもらえずとも、私は私だ。だから私は決めた。私は、これから」
「やめろ、ヴァリティタ!」
「いけません、ヴァリティタ!」
お父様とお母様がその先を言わせまいと、同時に声を上げる。間違いなく、私と同じことを考えたからだ。
「ヴァリティタ、どんなことがあろうと私はお前が息子であることを否定しない!」
「私も同じです! あなたは私の可愛い可愛い、大切な息子よ! たとえ道ならぬ恋をしたとて、見放すなんてことありませんわ!」
「そうよ、お兄様! 私達は皆、お兄様を必要としてる! だから私のために、レヴァンタを捨てようなんて考えないで!」
椅子から飛び降りてきた両親と共に、私はお兄様に縋り付いた。
「クラティラス、何を言っている? 私はレヴァンタの名を捨てる気などさらさらないぞ? 心配するな、私達はずっと一緒だ」
が、お兄様は不思議そう首を傾げると、私の頭を優しく撫でて微笑んだ。
「で、ではヴァリティタ、お前は何を決意したというのだ? いきなり留学を決めたのも、いずれはレヴァンタ家を出て独り立ちしたいからだと私達は思っていたのだが、それも違うというのか?」
「そ、そうよ。あなたがいくら求めても、クラティラスはもう第三王子殿下に嫁ぐことが決まっている。それを悲観して、ならばいっそ他の男と幸せそうに笑う妹の姿の見えぬところへ……と考えたのではないの?」
お父様とお母様が交互に問う。それに対してもお兄様は首を横に振り、肩を竦めてみせた。
「私が留学を決めたのは、確かにクラティラスと距離を置きたかったという理由もあります。しかし、本当はそれだけではなくて……その、お父様、怒らないと約束してくれます?」
お父様は必死の形相でこくこくと頷き、先を促した。
「…………ヴォリダ帝国で、魔法を習得しようとしていたのです」
これには、ぶったまげるしかなかった。