腐令嬢、突っ伏す
何が何だかわからない。昨夜の感想を一言でまとめるなら、それに尽きる。
あの後――接近禁止令が出ている兄妹が揃って堂々と玄関から帰ってくるという非常事態に、深夜にも関わらず、両親も寝室からすっ飛んできた。
お父様は、上半身裸でピッタピタの革パンツに何故か赤マントという謎めいた格好で。お母様は一応レディの嗜みとして、ガウンを羽織ってきているためまだマシだったが、突然の知らせに慌てたのか、蝶々マスクを装備したままで。恐らく、ちょっと特殊な感じで愛の営みに及ぼうとしていたんだと思う。それにしたって、どういうコンセプトなんだよ……。
大変に訳のわからない格好ではあったけれど、両親は冷静に判断を下し、すぐにレヴァンタ家お抱えの医師を呼んで私の診察を命じた。お兄様については、落ち着いてから詳しい事情を聞いた方が良いだろうということで、このまま我が家に宿泊するよう申し渡された。
さて、気になる私の診断結果であるが、やはりアズィムが下したのと同じく、全身全く異常なし。それでも暫くは様子を見た方がいいと言われ、数日間は外出禁止とされた。
部活も休まなくてはならなくなったけれど、イチニ達にお願いして、その旨を記した手紙を伝書鳥に託してリゲルの家に送っておいたから大丈夫だろう。
事情聴取を目的とした緊急家族会議は、今夜お父様が仕事から帰宅したら四人だけで行うという。なのでそれまで、私は自室に引きこもることを強いられた。お兄様もまだこの屋敷にいる。恐らく私と同じく、軟禁状態にされているのだろう。
今の私にできることといったら、BLイラストをモリモリ描くことくらいだ。
しかし、その手もなかなか進まない。現実逃避をしようにも、どうしても思い出してしまうからだ。
確かに、鉄柵はこの体に刺さった。なのに服だけ穴だらけの血だらけになるなんて、絶対におかしい。
もしかして、イリオスが私を守るために予め肉体強化か身体防御の魔法でもかけていたんだろうか?
奴はお兄様の話をした時は明らかに様子がおかしかったし、私がお兄様に会いに行こうとしてることも話した。私の想像したようにお兄様が暗殺者だから敵視していたのだとすれば、警戒して何らかの措置を取っていても不思議はない。
「くそおおおおおう!!」
雄叫びを上げ、私は自分と会えなくて寂しがっているであろうステファニのために描いていたイリオスと江宮のカプ絵をぐしゃぐしゃに握り潰した。それに飽き足らず、ビリビリと破く。
けれども、いきなり沸騰した激情は止まらない。どうしようもなくなって、私は机に突っ伏して悶えた。
イリオスが前もってこっそり魔法で私にバリア付与してたんだとしたら、有り難いことだよね! でも、めちゃくちゃ腹立つよね!
だって私、最後の最期でとんでもなくキモいこと考えちゃったんだよ!? 江宮に会えなくなるのを死ぬほど悲しむとかさあ! ものっすごくバカみたいじゃん!? ものっすごく恥ずかしいじゃん!?
あれじゃまるで、私が江宮のことを……。
そこまで考えたところで私はガンガンと机に頭を打ち付け、無理矢理思考を中断させた。
「……よし、忘れた。とても頭が痛い。痛いということは、生きてる。つまり私は死にかけてもいない。だから何もなかった、そういうことだ。この件については後でイリオスに確認してから殴るか蹴るか選ぶことにしよう。そうしよう、それがいい、それでいい」
声に出して謎理論を自分に言い聞かせると、私は再びペンを取ってスケッチブックに向かった。
イリオスと江宮のイラストはもう後回しでいい。それよりも、ネフェロを描かねば。今の内に描いておかないと、次にいつ会えるかわからないから。
というのも今朝、アズィムからお父様に、ネフェロの長期休暇の申請があったせいだ。
お父様に対して述べた理由は『夏風邪による体調不良』だったそうで、怪我をしたことは明かしていないらしい。その間、アズィムの奥様であり、先代の頃にメイド長として働いていたイシメリアが急遽現場に復帰し、私の世話係に就くことになった。きっとネフェロは、長期間休まねばならないほどの重症だったのだろう。
だからあの時の医者を呼ぼうという私の意見は、至極真っ当だったと思う。けれどお兄様もネフェロ本人さえもそれを拒み、アズィムを頼った。
元々ネフェロは、家もなく彷徨っていたところをアズィムに拾われたと聞いている。なので彼にとって、アズィムは親代わりだ。
だとしても納得がいかない。アズィムは博識だから医療知識も多少あるようだけれど、ネフェロは自力で歩けないどころか意識を保つのもやっとといった状態だった。あの場合はどう考えたって、医者に任せるのがベストだったはずだ。
なのに本人も含め、アズィムもお兄様もどうして医者に診せようとしなかったのか?
ま、まさか……ネフェロが世界初の801妊娠してる、とか…………?
いや、ねーよ。いやいや、ありえなくもないか? だってここは『ゲームの世界』だし、魔法だってあるわけだし?
ひゃああ! もしそうだったら、どうしよう!?
お兄様とネフェロがこっそりアハァアンなことして、二人の愛の結晶がオギャアンと誕生したら私、その子のオバチャアンになっちゃうんだよね!? 二人の麗しい遺伝子を受け継いだ赤チャアンを愛でるヴァリ✕ネフェの子育てBLを、生で見られチャアゥンだよね!?
迸る萌エネルギーに任せて、ネフェロが聖母のような微笑みを浮かべて赤ちゃんを抱いているイラストを一気に描き上げると、私はやっと我に返った。
…………オッケー、私。一旦落ち着こうか。妄想で萌え狂ってる場合じゃないんだ。
聖母ネフェロ絵を眺めながら、もう一度三人の言動と行動を振り返り、私は溜息を漏らした。……なるほど、わからん。これも聞いてみるしかなさそうだ。
でもアズィムの口を割らせるには、なかなかの労力が要りそうだなぁ。リゲルにお願いして、アステリア王子三兄弟のえちえちBL小説でも書いてもらうかな? 六十過ぎまでノーマルで生きてきたアズィムを腐男子に堕としたリゲルなら、それはもうすんごいのをぶっ放してくれるだろう。というか私も読みたい。さらに挿絵を描かせていただきたい!
考えてもわからないのだから、もう悩んでも仕方ない。なので本能のままに、脳内でエロエロしく乱れる銀髪三人組を妄想してニヘラ〜っと一人で微笑んでいたら、窓に何かがぶつかる大きな音がして私は椅子から飛び上がった。
リゲルの元に飛ばした伝書鳥が返事を携えて戻ってきたのかと思い、カーテンを開いてみたらば。
「お、お兄……!」
声を上げかけた私に、窓の向こうからお兄様は自身のくちびるに人差し指を当てて静かにするよう訴えた。