腐令嬢、追う
バーベキューが終わると、後片付けを終えた中庭でお待ちかねの花火タイムが開始した。
するとサヴラの奴、これまで溜め込んできたエネルギーを爆発させるかの勢いでイリオスに猛攻を仕掛けてきたじゃないの! これまでロイオンと仲良くしてたのは何だったのってレベルよ!!
私とステファニも懸命に応戦したけれど、わざとロケット花火を飛ばして近付けないようにされるわ、ネズミ花火で追い払われるわ、打ち上げ花火を駆使してスターマインバリケード張られるわで、手も足も出せなかった。
花火の準備を率先して手伝っていたのは、この時のために備えるつもりだったようだ……クソ、やられたぜ!
「……でも、変じゃないですか? Gさんはアニー様と婚約しているわけですから、百合豚族長に近付くのは王家との繋がりがほしいからということになりますよね? だったら第三王子よりも条件が良くて、おまけにフリーっていう第二王子の方に行きそうなんですけれど」
線香花火が放つ淡い輝きの中、リゲルの言葉が柔らかに落ちる。ついでに私の火種もポトリと落ちた。
「あー! くそ、負けたぁ……。うーん、クロノはチャラすぎてタイプじゃないのかも? あいつの第一夫人になれたとしても次々と愛妾作られて、ハーレム管理で悩まされそうって思ったんじゃない?」
私の溜息がかかったせいか、リゲルの火種も落ちる。うわぁ……恐れていた結末が訪れてもうた。
「っしゃー、イエッス! 線香花火耐久レースは、私の勝ちですね。しかしその点、百合豚族長様は婚約者の変態妄想クレイジージャーニー様一筋という姿勢を貫いております。一途な百合豚族長様とクソウザくて草も生えないヤリチソ第二王子殿下なら、普通は前者を選ぶでしょう。さあクラティラス様、額を出してください。勝者から敗者へ、罰ゲームのデコピンです」
ステファニの命令に従い、私は恐る恐るおでこを向けた。
「や、優しくね? まだ嫁入り前なんだからね!?」
「問答無用、覚悟召されよ!」
鋭い掛け声と共に、それこそ脳内に花火が炸裂したような衝撃が襲う。
ちょっとぉ……これ、デコピンじゃなくて頭蓋骨クラッシュなんですけどぉぉぉ……!
「ボ、ボクは……G、いえ、サヴラさんは、本気でイリオス様を慕っているんだと思います」
額を押さえたまま涙目で見ると、じっと蹲ってヘビ花火を見つめ続けていたロイオンが再び口を開いた。
「ボクと一緒にいても、イリオス様のお話ばかりされていましたから。どんなふうになればこちらを見てくれるのか、どうしたらクラティラスさんに勝てるのか、クラティラスさんにあって自分にないものは何かと、見ていて可哀想になるくらい必死でした」
それを聞いて、私はオデコの痛みも忘れてロイオンの側へと躙り寄った。
「それって、単に私への当てつけのためにイリオスを落とそうとしてるだけじゃん! 本当に好きなんじゃないよ!」
「そう……なのかもしれません」
ロイオンは小さく呟き、それから顔を上げて私を見た。
「当てつけであろうと、サヴラさんが振り向かせたい人はイリオス様なんです。恋ではなくても、彼女が一生懸命なのは確かです。あ……えっと、彼女にもご婚約者がいらっしゃいますから、ゲームのような感覚なのかもしれませんけれど」
チラッと忘却の彼方へ追いやられていたお兄様のこともフォローしてくださったが、んなこたぁ今はどうでもいい。
「じゃあ何? 諦めるってこと? ロイオンはそれでいいの?」
口調がつい刺々しくなってしまったのは、ノーと答えてほしかったからだ。
けれどロイオンは力無く笑い、私の思いとは裏腹に首を縦に振って肯定した。
「……サヴラさんは、ボクなんかでは手の届かない高嶺の花です。最初からわかっていましたから、後悔はありません。でも皆さんのおかげで、お話しすることができました。それだけでボクは十分です。本当に、ありがとうございました」
そして立ち上がって深々と頭を下げ、彼はそのまま何処かへと走り去ってしまった。
取り残された我々は、突然の打ち切り宣言に呆然とするしかできなかった。
「ええと……作戦終了、ということですかね?」
リゲルが遠い目で、問いにならない問いを漏らす。
「主役が下りてしまっては、続行不可能でしょう」
ステファニも静かに告げて、溜息をつく。
その中で私は、小さく震えていた――――込み上げる怒りのせいで。
何が後悔はないだ、何が十分だ。
話している間も、逃走する直前にも、未練たらしくサヴラを見ていたくせに。イリオスに笑いかける彼女を見れば傷付くとわかっていて、それでも目で追わずにいられなかったくせに。
ガキのくせに大人ぶって、聞き分けのいい男気取ってんじゃねーぞ!
「私、ちょっとロイオンと話してくるわねぇぇぇ……」
ふらりと立ち上がると、私は二人にそう言って笑いかけた。
「あ、あの、できるだけ穏やかに済ませてくださいね? 既に百回殺してきたような笑顔してますけど、リアルでは一回でも死ぬと蘇ることは不可能ですからね?」
「さすがに王子二人がいる場所での殺人は、いくら私でも隠蔽しきれません。いざという時は、プラニティ公国に亡命なさってください。東部警備隊は大したことがないので、余裕で国境を超えられるはずです」
お二人共、何か盛大に勘違いしていらっしゃるようだが、声援としてありがたく受け取っておこう。
花火は終盤のようで、あちこちで片付けが始まっている。私はその合間を駆け抜け、ロイオンの後を追った。
行き先? 余裕で把握してるよ。
彼の性格から考えて、夜も更けた見知らぬ土地を無闇に彷徨き回るわけないもの。
私の予想した通り、ロイオンは昼間に皆で遊んだ小川のほとりに座り込んでいた。
そっと近付き、隣に座っても彼は無反応だった。せせらぎに月明かりが反射して、静かに煌めいている。
大きな眼鏡の表面にそれが映っているけれども、レンズの内側は川の流れ以上の大洪水となっていた。