腐令嬢、見守る
落ち着いて考えれば『王子二人が結託して庶民の女の子を陥れようとしている』なんてありえないことだとわかるし、たとえ信じたにしても警戒してなかなか動かないだろうと踏んでいた。ところがどっこい、奴らは翌週の月曜にはステファニに使者を差し向けて、ゴーサインの旨を伝えてきよった。
やれやれ、ステファニが短絡的な行動はいけないと言ってたけど、それがよーく理解できたわ。慎重さ大事、超大事。
「本当に、やるんですか? どうしてもやらなきゃダメですか……?」
「ねぇぇ……俺ら、いらないでしょ? 今からでも変更できないぃぃ?」
メインの役を演じる予定の王子二人が、この期に及んでヘタレたことを抜かす。
「うっせーな。やるっつったらやる。やれっつったらやれ」
「そうですよ。今になって変更なんてできません。あなた方は『裏ボス』だと、ステファニさんが明言したんですから」
私に続き、リゲルも冷然と言い放つ。
なるほど、初期の段階で王子黒幕説を明かしたのは、奴らをまとめておびき寄せるだけじゃなくて、こいつらを逃げられなくするためでもあったのか。
やっぱりリゲルは、悪賢い……いやいや、頭が回るなぁ。イリオスのクソ脚本じゃお花畑学芸会だったのに、彼女が書き直した途端に大ヒットした『実録! 侍女は見た!』に続いて今期舞台で人気急上昇だっていう『眠りの鬼の令嬢』みたいな雰囲気になっちゃったもん。お母様がハマって、もう十回以上観に行ってるんだよね。この国で成人と認められる十五歳未満は閲覧不可だというから、気になって内容だけ軽くお母様に聞いてみたけど、泥沼地獄すぎて昼ドラ超えてホラーの領域に達してたなぁ……。
そんな奥様達がハマるようなドロドロデロデロのホラーな人間模様を、私達は演じなくてはならない。先行のステファニがあれだけ良い演技してくれたんだ、我々も負けずに頑張らねば!
演技力? 私にんなもんねーよ。皆無だよ。
だけど私には、ステファニにも伝授した『なりきり』という方法がある。
なりきりとは、特定のキャラや人物になりきって会話したりやり取りしたりすることをいう。前世ではSNSでお気に入りキャラのなりきりアカウントを作り、他キャラのなりきりと会話して楽しんでいた。なりチャもよく利用していたし、掲示板で専スレを持って活動していたことだってある。まあ、なりきりの詰めが甘くて、黒歴史化したこともなくはないけど。
そんな経験を踏まえて、緊張や羞恥心などを捨てて演技を楽しむために『なりきり』なる手法を用いて、この作戦に挑むことにしたのだ。
とにかく、準備は整った。さあ、いざ決戦の地へ!
舞台となるのは、旧校舎の屋上。
ステファニが予め、監視カメラの死角となる侵入経路を教えると、奴らはそれに従ってのこのことやって来た。総勢で二十人以上。ほとんどが高等部の生徒のようだが、確かに中等部の生徒もいる。
お、あいつ、アタリヤじゃん。本名は知らないけど、私が廊下を歩いてたら週に一回はわざとぶつかってきて文句言うから、当たり屋ってあだ名を付けてやったんだよな。あ、あれはアフェルナに野次を飛ばしてた奴らだ。結局クロノに乗り換えたのか……尻軽女共め!
屋上に向かう階段を次々に登っていく面子を柱の影から窺いながら、私は奥歯を噛み締めようとして――止めた。昨日、歯医者さんで臼歯の治療をしたばかりなのだ。実は今もまだ痛くて、固い食べ物が噛めない。フン、あんな奴らのためにこの私が痛い思いをすることはないわ。あいつら全員揃って、虫歯になればいいのよ!
「さあ、時間です。参りましょう」
私の上から覗いていたステファニが声をかけると、私の下にいたリゲルが頷き、盗み見串団子は解体された。
三人で屋上への階段を登り、敵が待ち受ける扉の前で我々は一人と二人に別れた。私は出番までこの場で待機、二人は先に奴らと対峙する。
扉を開く直前、リゲルは最終確認とばかりに私に向けて薄く笑いかけてきた。私もまた、同じ笑みで応える。うん、どうやら私達は、なりきりの相性も抜群みたい!
細く開いた扉の隙間に目を凝らし、仕立てた茶番の行方を見守る私は――既にクラティラス・レヴァンタではなく、リゲルと話し合って作ったキャラになりきっていた。
「ステファニさん……あの、どういうことですか? こちらの方々は……」
見知らぬ女子達に取り囲まれたリゲルが、戸惑いの表情でステファニに問う。
「まだわからないの? 頭の悪い子ね」
「あなた、嵌められたのよ。そのご友人に」
「どうやら友人だと思っていたのは、あなただけのようですけれど」
その輪の中から、彼女の前に進み出た三人が物言わぬステファニに代わり簡潔に説明する。偉そうに腕組みしているが、彼女達は恐らく二爵令嬢グループ。輪に入らず、やや離れた場所で嘲笑だけ投げている二人組が一爵令嬢だと思われる。
二爵組の一人が顎をしゃくると、数人がリゲルの体を掴み、コンクリートの床に突き倒した。
「やめてください! 何故こんなことを!」
「お黙りなさい! 身の程も弁えず、調子に乗っていたあなたが悪いのよ!」
そう叫んで平手を打とうと振り上げた者の手を、ステファニが止めた。
「跡が残るような真似をしてはなりません。後で困ることになるのは、こちらです」
ステファニの静かな声に頭が冷えたようで、その女はすぐに手を下ろした。
「ステファニさん……どうして? 皆様も、あたしなんかをいじめて何になるっていうんですか? あたしはただ……」
「ただ、何です?」
ステファニから逆に問われ、涙声で訴えていたリゲルの言葉が詰まる。ステファニは少し待ってから、そのまま俯いた彼女の髪をぐっと掴んで引き起こした。
「答えられないのでしたら、あなたなどここにいる必要はありません。むしろ、目障りです」
「や、やめて、何をするつもりなの……!」
細い首筋を仰け反らせ、リゲルが必死に藻掻く。するとその金色の瞳が、見開かれた。
「この学園から、消えていただくだけですわ」
ステファニの背後から、二爵令嬢達が身を屈めてリゲルに迫る。その手にはそれぞれ、鋏が握られていた。
「厚顔無恥なあなたも、丸坊主にされれば少しは羞恥心が芽生えるのではなくて?」
「その空っぽの中身に似合いの頭にされれば、さすがに恥ずかしくて学校に来られなくなるでしょう?」
「懲りずに髪が伸びた頃にまた現れたら、また綺麗にカットしてさしあげますわ!」
あまりのことにリゲルは声も出せず、震えている。
そこへ追い打ちをかけるように、ステファニまでもが己の胸元の内ポケットに手を入れ、鋏を取り出してみせた。
「最初の一刃は、私が務めさせていただきましょう。元友人として、最後の餞に」
ステファニが、束にして掴んだリゲルの髪に開いた鋏の刃を近付ける。
本来ならば、ここで私が止めに入るはずだった。
「お待ちなさい」
「それではつまらないわ」
しかし、制止の言葉を放ったのは私ではなく――――成り行きを見守るだけと思われた、一爵令嬢コンビだった。