腐令嬢、出席す
四月最終日。
本日は大神那央と江宮大河の命日、ついでに五年後にはクラティラスの命日になる日でもある。が、そんなことにかまけている余裕は全くない。
厳選に厳選を重ね、華やかでありながらも目立ちすぎず、控えめな上品さを漂わせたものを……とデザインから装飾、丈に至るまで事細かにオーダーしたフロスティブルーのフィッシュテールドレスを身に纏い、私は両親と共に久しぶりにアステリア城へと向かった。
夏祭りに行った時はただただ憂鬱なだけだったのに、今回は凄まじく緊張している。こんなに緊張してお城に行くのは、五歳で初めてパーティーにお呼ばれした時以来だ。
緊張するなっていう方が無理だよ……だって、王族の結婚式にご招待されたんだもん。
宮廷で働く高官も僅かしか出席できないっていう、神聖なる儀式に!
おまけに花嫁の入場時にベールを持ってお手伝いする、ベールガールに指名されてしまったんだよ……この私が!!
アフェルナは『必ず招待する』と言っていたけれど、てっきり国民にサービス的な感じで披露する祝賀イベントのことだと思っていた。関係者席の末端にこそっと参列するだけのつもりが、まさかのまさかで由緒正しき王族の婚儀に参戦することになろうとは。
ちなみに場所は王族の冠婚葬祭の儀式のためだけに作られ、関係者以外は滅多なことでは立ち入れないという宮廷大聖堂で執り行われるそうな。
下手に呼吸して花嫁のドレスを汚しては一大事だと、昨日はこっそり息を止める練習をした。無理だった。息しないと死ぬということだけ理解して終わった。
控室代わりに、パーティー会場として使われていた大広間に集まったのは、ざっと見て三十人ほど。大層ゴージャスな軽食が用意されていたけれど、私は口腔内を湿らせる程度に飲み物を含むしかできなかった。
そんな娘の気も知らず両親は通常営業で、お父様は全種類味比べするのだと宣言してモリモリ食べてたし、お母様は顔見知りのご婦人方とアハハオホホと喋り倒してました。二人も王族の婚儀に出席するなんて初めてのはずなのに、本当に肝が太いというか……もしかしたらガッチガチになってる娘の手前、自らの緊張を見せないようにわざと普段通りに振る舞っているのかもしれない。
「おお、クロノ殿下ではありませんか!」
「イリオス殿下も、すっかりご立派になられて」
揃ってブラックのモーニングコートを着用した二人の王子が大広間に入ってくると、待機していた招待客達が俄にさざめき出した。
お父様とお母様も慌てて食べ喋りしていた口を止め、私の腕を引っ掴んで彼らの元へ連れて行く。
「本日は第一王子殿下のご結婚、誠におめでとうございます。本日このような場にお招きいただき、身に余る光栄です。またイリオス殿下とクロノ殿下には、いつも学校で娘と息子がお世話になっていると聞いております」
「これはレヴァンタ一爵閣下にレヴァンタ一爵夫人、こちらこそ兄のためにいらしてくださり、感謝しております」
余所行きの顔で挨拶するお父様と余所行きの顔で畏まるお母様に、イリオスもまた余所行きの顔で対応した。
「えっ、こちらがクラティラスとヴァリティタのご両親!? はっじめまして〜! クロノだよっ、ヨロピ★」
なのにクロノだけは相変わらずで、私が初めて出会った時と全く同じように、ノリノリでウィンクして舌ピアスを見せ付けてきた。
お父様もお母様も、いやお前クロノじゃなくてチャラノだろ……って顔で引いている。多少噂には聞いていただろうけど、まさかここまでひどいとは思ってなかったに違いない。
ちなみにクロノはお兄様と同じクラスで、高等部に入学した当日に早速絡みに行ってから仲良くしているらしい。といっても私にはあの二人が仲良くしてるところなんて想像つかないから、クロノが一方的に付き纏ってるだけなんじゃないかとゲスパーしてるけど。
「クラティラスさん、やけに大人しいですがどうしたんですか? 息を止める練習でもしてるんですか?」
チャラノ相手にも突っ込む気になれず、へっと短く溜息をついて濁すだけの私にイリオスが話しかけてきた。こいつ、当たらずとも遠からずなポイントを絶妙に抉ってきやがって。
「それは昨日やった。今はどうすれば普通に呼吸できるか、悩んでるとこだよ……。私が失神したら、速やかにベール係を交代してくれ。皆にはクラティラス・レヴァンタは最後まで戦ったと、力及ばずとも見事に命の華を散らしたと、必ず伝えて……」
「あーはいはい。つまり息ができなくて死んでも骨は拾わず、朽ちるまで捨て置いて恥の墓標にすればいいんですね? 任せてください」
「違う、そうじゃない! 私の話、聞いてた!? 聞いてないよね!? 大事なことなんだから、ちゃんと聞いてくれる!?」
「聞いてた聞いてた! クラティラスは無人島でサバイバル生活がしたいんだよね? わかるぅ〜、面白そうだよねぇ」
「全然違う! 何でそうなるの!? 二人して……」
バカなのか、と大衆の面前で王子達を罵りかけた私を救ったのは、大広間の奥――イリオス達も使用した、王族が出入りする専用のドアが開く音だった。
そこから登場した人物は、大広間の時を止めた。
正確には彼が止めたんじゃない、私達が勝手に止まったのだ。
しかし冤罪も良いところだと鼻で笑われようと、我々を凍り付かせた彼の美貌はあまりにも罪深かった。片側に寄せてセットした長い銀の髪は艶めいて一層の輝きを放ち、どんな宝石も及ばぬまでに美しい紫の瞳にはこれまで見たことがないほど甘やかな光に満ちている。
白のタキシードを纏い、口元を柔らかく綻ばせるディアス・ダンデリオ・アステリア第一王子殿下は、全身から溢れる幸福オーラに包まれ、元の美しさに輪をかけて美しすぎる花婿となっていた。
はっきり言うと『リア充爆発しろ』を体現したようなハッピー爆弾。いいや、爆弾なんて生温い。あれは爆風に私達も巻き込んで世界を崩壊させる、歩くハルマゲドンだ!
ハルマゲ・ディアス・ドン様は招待客一人一人と笑顔で挨拶を交わすと、我々の元にもやって来た。まずはお父様とお母様に丁寧にお礼を述べ、それから私にも感謝の言葉を口にしてくださった。
「クラティラスくん、アフェルナのワガママを聞いてくれて本当にありがとう。彼女が是非にというので私も賛成したが……迷惑ではなかったかな?」
「とんでもありません。むしろ嬉しく思っておりますわ。アフェルナとはまだ出会って日が浅いけれど、オモロ……いえ、とても楽しい方で、お手紙をいただく度に好きになっていきますの。今では、本物の姉のようにすら感じております」
この一月、ディアス様の『用件』ついでにアフェルナから頻繁に送られてきた手紙を思い出して、私はうっかり笑いそうになった。
ディアス様の卒業式の後、アフェルナはすぐに王宮に入り、心構えやらマナーやらを厳しく叩き込まれていたという。しかしアフェルナも言っていたように、王宮内にいる者達からの風当たりは強く、特にスタフィス王妃陛下の鬼姑っぷりは凄まじかったみたいだ。
『熟れすぎた花の剣呑な棘で指を怪我しかけましたが、土壌へ肥料を撒いてやりました。お花を手折るなんて、私にはできませんから』
この手紙をもらってからイリオスに聞いたところ、王妃陛下にわざとぶつかられたアフェルナが転倒するという事件があったそうなのだが……その後、スタフィス様の寝所に何故かいきなり大量のGが湧いたらしい。
『今日は木の実が落ちてきて、頭に当たりました。何かいいことがありそう。嬉しかったので、その木の幹に幸運のおまじないとして印を刻んでおきました』
この手紙をもらってからイリオスに聞いたところ、食事のマナーがなっていないと王妃陛下がアフェルナにスープをぶっかけるという事件があったそうなのだが……その後、スタフィス様の扇に何者かがコショウを仕込んだらしく、一日くしゃみが止まらなくなっていたらしい。
王宮の配達物は、送る側も送られる側も内容を検閲される。なのでアフェルナは比喩で『やられてっけどきっちりやり返してんよ』と密かに伝えてくれていたのだ。