少女の提案
次の日、私はいつも通り公園へと向かった。
そこには昨日宣言をしていた通り、少女はベンチに座っていた。
本当にいるとは思わなかった。いや、正確にはいると思いたくなかった。
「あ、お姉さん。こんばんわ。」
少女は微笑みながら挨拶をしてきた。
私は苦い気持ちを噛み殺して挨拶を返す。
「こんばんわ。」
おそらく表情には出ていただろうが。
今日は若干曇っていたから星の見え具合はあまりよくない。
その影響なのか少女は昨夜に増して饒舌だった。
「お姉さん今日は少し遅かったね。」
「これだけ雲が厚いと明日には雪降るかも。」
「お姉さんはどう思う?」
しゃべるしゃべる、まだ幼い少女にたじたじの私だ。
返答をしていないわけではないけれど、本当に相槌だけだ。それでも話しかけるのを少女はやめない。
無理くり空を眺めることに集中をしようとするが、今日に限って曇り。集中をしようにも見る対象である星が少なすぎる。
「今日は星が見えないし、私とお話ない?」
話を聞き流していたのがばれたのか、そんなことを言われてしまった。
ここまで星が見えない日は久しぶりだ。正確にはこんな日にこの場所に来たのが久しぶりだ。
少女がほんとにここに来るのか、まったく興味がなかったかと言えば嘘になる。
まさかこんな日に来ないだろう、くらいに思っていた。
確認してすぐ帰るつもりだった。
他人のことに興味を持つなんて我ながららしくない、いつもの無関心はどこへやらだ。
それくらい昨日出来事がなんというか、衝撃的だったのか。
「お話、って何の話をするんですか?」
観念して、私は上を見るのをやめる。横にはとっくにこちらを見つめていたのであろう少女の顔があった。
「えーっと、まずお姉さんは何で年上なのに敬語を使ってるの?」
「なんでって、まあ友達でもないし、いきなりなれなれしいのは失礼かなと。」
本音だった。決してずっとため口の彼女に嫌味と言ったわけではない。決して。
「じゃあお友達になれば普通に話してくれる?」
しかし、そこはさすが小学生(?)というか、意に介した様子すらない。
というか私の周囲の人間でここまで積極的に会話をしようとする人がいなかったせいか、私が押されっぱなしだ。常に困惑しているみたいな。
「お姉さんはお友達を作る気がないからまあ、無理ですけど。」
嫌な奴みたいだが、本当のことなのだから仕方ない。この子はおろか同級生ですら友人になる気はないのだ。
まして自分より小さい子なんて絶対に関わったら面倒くさい、となんとなく直感で告げている。偏見かもしれないけれど。
「なんで?」
「なんでって・・・人と関わるのが面倒だからですけど。」
後々知ったのだが、オブラートに包まないというのは私みたいなことを言うらしい。
別に隠す必要がないんじゃないかとも思ってしまう。嘘をついた方が相手に失礼じゃないだろうか。
「つまらなくない?」
つまらない、という感覚が私にはわからなかった。
そもそも私には友達がいたという記憶がない。よって友達がいないとつまらないみたいなことは夢物語のように聞こえる。
「つまらないもなにも、私には友達がいたことがないし、必要としたこともないのでわからないですけど。」
「ふーん。」
少女は聞いておいて少しどうでもよさそうに相槌を返してきた。
なんで聞いたんだ。
「ねえねえお姉さん。」
少女は微笑みながらこちらをまっすぐ見ている。とても嫌な予感がする。
「私とお友達になりましょう?」
最悪の提案だった。
「嫌です。」
「お姉さん、拒否してもいいの?」
「え?」
「こんな時間に私みたいな小さい子と一緒にいるのを見つかったら、変な噂とか、最悪通報まであり得るけど。」
なんてことを言うのだこの子は、いくらなんでも悪質すぎる。
「もしかして私のこと脅してます?」
「脅してないよ~。お友達になりたいの。」
それを世間一般では脅してるというのだけれど。
こんなこと人生で初めてだった。やはり人と関わるとろくなことがない。
「ね、お姉さん、どうするの?」
少女の微笑みが悪魔のように見えた。小学生の口から通報なんて言葉出てくるなんて世も末だ。
不可抗力だった。私はここで星を見るのはもはや習慣のようなものだし、今更やめられない。
「・・・仕方ないですね。」
「やった!お姉さんありがと。」
大げさに喜んで見せる少女。一方げんなりとしている私。
なんだこれは。
「友達と言っても何をするんですか?」
「まずは敬語をやめてもらえるとうれしいかな。」
「わかった。」
「これから、楽しみね、お姉さん。」
彼女は本当に楽しそうに微笑んでいる。
全く楽しみではないんだけど、そう心の中で毒づいた。