変わった日
髪の長さは腰くらいまでの長髪、綺麗な金髪に月の光が反射してまるで発光しているかのように見えた。
いや、そうではなくて。なんであの子は私はあんなしっかりと見つめているんだろう。
目が合っても微動だにしない。生きているのかあの子は。幽霊か何かか?
思わず私から声をかけてしまった。
「あの」
声を出した瞬間だった。びくっと少女は飛び跳ね、少し後ろに後ずさった。
驚いたのはこっちのほうだった。そんな機敏な動きをするなんて、幽霊説は多分ない。
それに加え驚きはしないものの立ち去らないあたりなにかあるんだろう。
返答もないので仕方ない、私が言葉を続ける。
「何か御用ですか?」
明らかに年下だけれど、初対面なので敬語で丁寧に話す。
私は人づきあいが嫌いなだけで、できないわけではない。
それに敬語というのは他人と良い距離感を作ってくれる。私なりの処世術だった。
言葉での返答はなく、しかし動きはあった。
私のほうを指さしている、いやしっかりとみると少し下、ベンチを指さしていた。
「座りたいんですか?」
私の言葉にこくんとうなづく彼女。
私が今座っているベンチは大人でも三人は座れる程度の大きさで、彼女が座れる程度のスペースは元より空いていた。
私に許可を取らずとも座ればいいのに。少しそう思ったが、まあ彼女なりに気を使ったのだろうか。
「どうぞ。」
そういうと彼女はゆっくりと歩いてきて、彼女は私とちょうど人1人分ほどのスペースを空けて座った。
さっきまでは、暗い場所に彼女がいたためよく見えなかったが、こうしてみると物凄く幼い。
小学生高学年程度だろうか。一人で、こんな時間に。
まあ私には関係のないことだ。こういう場合は干渉しないのが一番だ。私が口を突っ込むようなことではないだろうし。
私は星を見ることを再開し、少女のことを頭から消す。いようがいまいが私には関係がない。
幸い彼女も口が少ない(どころかしゃべらない)ようで簡単に頭からなくすことができた。
学校の人がみんなこのくらい静かだったら楽なのに。そんなことを少し思う、それはそれでずいぶん偏屈な学校になってしまうだろうが。
しばらく星を見ているととなりから、声がした。
「お姉さんは何しているの?」
勇気を振り絞ったのが伝わってくる声だった。震えながら、聞こえるか聞こえないのか微妙な程度の音量。
それでも聞こえてしまったものは仕方ない。私は冷たい人間ではないし、素直に答えた。
「お姉さんは星を見に来てます。」
星を見たまま答える、わざわざ彼女のほうを向かなくても声が聞こえれば十分だろう。
そこで会話を切ったつもりだった。続けるつもりはなく、これで終わりだと思っていた、その時。
「お姉さんは星が好きなの?」
まさかここまで追及されるとは思わなかった。それがあなたに何の関係があるのか。
しかし、私も年上だ。いくら何でも年下に冷たい反応をするのはよくない。
できるだけ優しい声音で答えられるように心がける。
「星が好きです。」
なんか変な返しをしてしまったような。まあ別にいいけれど。
今度こそ会話を切った。我ながらよくできたと思ったのだが。
「なんで好きなの?」
少女というのは恐ろしいもので、会話を切らせるつもりがないらしい。
私も観念して星を見上げるのをやめ、少女のほうを見る。
彼女は私と同じように星を見ていたようで、私の視線に気づいて私のほうを慌てて向く。
「理由は特には・・・。」
物心ついたときには何となく星を眺めるのが好きだった。まぎれもない本当のことだ。
「なんでもないのに好きなの?」
少女は先ほどから質問攻めだ。控え目なのは態度だけなのか。
「強いて言えば綺麗だから、ですかね。」
間違ってない。初対面の相手に輝いて見えるからとか言えない。
そもそも小学生(?)に輝くってことがわかるのか、言葉としてではなく、感性として。
「じゃあお姉さんも私と同じ?」
「同じっていうのは?」
思わず反射的に答えてしまった。そのくらい想定外の言葉だった。
同じ?どこが?どんな風に?
「私も、星が好き。キラキラしててきれいに光ってるから。」
その言葉には妙に熱がこもっているような気がした。この子は本当に星が好きなんだろうと声音で察せられた。
「そう、なんですか。」
思わず圧倒されてしまった。ここまでわかりやすい熱を言葉から感じたことはなかった。
「ねえお姉さん。ここから見る星、とても綺麗ね。」
熱がこもった声のまま彼女はつづける、私は圧倒されっぱなしだ。透き通るような声なのに、決して大きくはないのに、よくわからない熱量がある。
「私もこれからここで星を見てもいい?」
「別に、いいですけど。」
拒否をしなかった、というよりできなかった。
別にここは私の場所ではないし、私の許可はいらない。
ここから星を見たいなら勝手にすればいい。
そんな風にも思った。反面、これから一人で星を見る時間が減るのかと考えると少しだけ憂鬱になった。
いても話さなければいいだけだ。自分にそう言い聞かせた。
「それじゃあお姉さん、また明日ね。」
考え事をしていると少女はベンチを立ち、この場から立ち去ろうとしていた。
最初の怯えた様子はどこへやら、笑顔で私に手を振りながら去っていった。
・・・待て、今あの子なんて?
「また明日って、明日も来るの?」
少女が立ち去り、誰もいなくなった公園で私はつぶやく。
この日から、私のいつも通りはいつも通りではなくなっていった。