098
その98です。
この先だ、とぴるるが立ち止まる。
曲がり角から顔だけひょいと出してみると……確かに異様な建築物がそびえ立っていた。
分かりやすく説明するなら「プレハブの物置をどんどん適当に並べて積み重ねていった何か」だろう。ざっと見た感じでは七階か八階くらいはありそうだが、下の方はひしゃげて猫くらいしか入れなさそうである。
いわゆるスラム街に入ってからは、日本では建築基準法以前の問題でダメな建物だらけだったが、ここは極め付けと断言できる。漂う猥雑さや不潔さが段違いに濃い。
「確かに、こりゃ九龍城だ。おいらは見たことないけど」
「皇帝の住む都の一角がこうなってるって、神経を疑いますね」
歓楽街くらいはお目こぼしがあっても仕方ない部分はあるのだろうが、ここはさすがに色々とまずい。国そのものの乱れぶりを喧伝しているに等しい。
しかし同時に、厄介な代物であるのも間違いない。
次から次に増築を重ねていったから今のような外見になったのだろうから、その内部が無秩序で複雑怪奇な構造になっているのは想像に難くない。そもそも、建物の全容を把握している人間がいるかすら怪しい。
だからこそ組織が根城にしているのか、組織が住み着いたから無茶な構造になったのか――なんて考えても詮無いことだ。
榊はその建物――グワンセンを警察手帳端末で撮影してからぴるるに話しかける。
「こちらとしては、まず拉致誘拐された人間の有無を確認し、その安全を確保しておきたいところなんだが、そういう部屋の心当たりとかはあるのか?」
「問題ない」
ぴるるは目を閉じる。すると、耳元で蚊が飛んでいるような高周波が人間たちを軽くイラつかせた。
と、ぴるるのハチワレになっている額が鈍く光り始め、見る見るうちに棒状――いや、日本刀のような反りのある発光体が浮かび上がってきた。
なるほど、これが「三日月の刃」か――と人間たちは納得する。
「私の後についてきてくれ。組織の者と鉢合わせせず辿り着いてみせよう」