009
その9です。
「なんだよ、孕石。霧の中から迷い出た亡霊みたいな顔してるぞ?」
魔王サマの「ゲアハルト伴侶宣言」から約一時間。シェビエツァ王城の会議室に一人で待たされていたヴェリヨは、やっとやっと姿を見せた泰地に少々動揺した。
確かに、あの「御手杵」とルデルが呼んでいた巨大なロボットを操縦するのは尋常ではなかったのは間違いないだろう。まして彼はつい先日までは喧嘩もほとんどしなかったような子供だ。加えて、やり手の騎士との対決や真夜中の襲撃などもあった。心身ともに疲労のピークを大幅に超えていると考えるのが当然である。
けれど、それらの要因を加味しても、いまの泰地のやつれ方は異様だった。
(魔王サマに脳内麻薬をドバドバにされたとか? いや――ちょっと違うな。なんかを溜めて溜めて溜めて、溜め過ぎて逆に醒めちまったような?)
変な迫力を醸し出している少年は、ヴェリヨの隣に崩れるように座ると同時に盛大な溜息を放出する。やっと愚痴をぶちまけられる、と抜け出た魂が告げているようだ。
「どうしたんだよ。まさか、王国の連中に拷問されたとかじゃないだろうな?」
あり得ない仮定であるが、立場上ヴェリヨは尋ねなければならない。
対する少年の答えは、もちろん否定である。
たった一時間程度で何ができるはずもないだろうし、そもそも魔王サマがそれを許すはずがない。というか、あんな巨大な「力」の持ち主に危害を加えるなんて、逆に凄まじい胆力の持ち主だと誉めるべきだろう。
「亡霊でも目の前に出た方がマシでしたよ。アレ《・・》のコックピットがこんなのだったと知るよりは」
泰地は光を失った瞳で自らの携帯端末を操作し、ヴェリヨへ差し出す。
端末を覗き込んだ巨漢は、ギョッと双眸を大きく開き、ルデル・泰地・端末を何度も見比べ、こめかみ
を指で強く押し……軽く一分ほど沈黙した後に、ようやく一言だけ声を絞り出した。
「……これ、マジ?」
「大マジですよ……」
端末の液晶画面には、六畳ほどの部屋に掘り炬燵、炬燵の上に載せられた四つの液相モニターが写されていた。