089
その89です。
山井嶺華は紅茶を口につけ……眉を不快そうに少し曲げた。
そのわずかな表情の変化に、彼女の向かいに座る少女は苦笑いを浮かべる。
「嶺華さぁ、この紅茶だってそんなに悪くないんだから、そんなに渋い顔しないでよ。それとも何? 須郷の双子の優秀さを自慢したいの?」
「あ、いえ、すみません。そういうつもりじゃなかったんですが」
「あたしもあの双子が淹れてくれた紅茶は美味しいと思うけどね。つか、常習性のあるヤヴァイの混ぜてるとかないよね?」
「冗談はやめてくださいよ、繊里先輩」
二人がいるのは旧豊田市にある喫茶店。山井嬢としては、明日も学校はあるのだから遠出はしたくなかったのだが、相手が相手なので無視なんてできるはずがない。
嶺華の前に座る彼女は豊波繊里。
彼女は北南高校の卒業生であり、皐会のOGでもある。そして何より、ヤマイと資本提携にあるトヨハの創業者一族の一人なのだ。会社としては業務提携で対等の立場なのだが、そう単純ではないのが大人の事情というものである。
この喫茶店も、繊里の親族が道楽で始めたものであり、現在は大学生の繊里が店長となって、気が向いた時のみ開店するという放漫な経営をしている。いまも、繊里と嶺華の二人で貸し切り状態にしてしまっていた。
「それで、どうしたんですか? 二人きりで話がしたいなんて」
予想はついてますけど、と心の中で付け加えつつ嶺華は話を促す。
「えー。可愛い妹の高校デビューに興味を持っちゃいけない?」
「妹分、ですよね。もちろん、積もる話はありますし、私もお姉さまの大学生活のお話は聞きたいです。けれど、それだけで呼んだのではないでしょう? 赤と紫を外で控えておくようにしてまで」
須郷赤と須郷紫は、山井嶺華の左右に控えているあの双子姉妹である。嶺華の世話役であり警護役でもある二人は、一日二十四時間のうち二十三時間は一緒にいると言っても過言ではない。家族よりも過ごす時間が長いとすら断言できる。
それを知ってる繊里がわざわざ外すように指示してきたのだから、よほどの何かがあると構える方が当然だろう。……もっとも、先にも書いたが予想はできている。
「単刀直入に言っちゃうと、河居いろはさんの件なんだけど――」
「それは大丈夫です。自重することにしました。心配させてしまって申し訳ないです」