079
その79です。
今回の捜査は、ここ豊浜都の株式会社リョウウンだけではなく、全国一斉に複数の箇所で同時に開始された、というのがミソである。
開始時刻は同一でも、そこからの進捗が大きく異なるのは説明するまでもない。
既に完了して引き上げているところもあれば、まだ証拠品の押収をしている真っ最中のところも、容疑者に聴取をしているところもあるだろう。
そして、榊たちのように隠し部屋を発見したところがあってもおかしくはない。
「どこかの班が隠し部屋から異世界へ突入し、向こうで一戦交えている……というのはさすがに無いにしても、異世界の連中に捜査が及んだと察知された可能性は十分にありますね」
「そういうことなのだ。バレたと分かって、向こうから施設を破壊するための仕掛けを発動――というか、魔法か何かで吹き飛ばしにかかったと考えたるのが、この場合は合理的なのだ」
魔王サマの推測に「なるほどなぁ」と感心するタユー。そんなに素直になれない泰地は質問をした。
「じゃあ、逃げようとした部長は……」
「まあ、たまたま部屋に入った瞬間と重なったんだろう。運がないな。もう十秒――いや五秒くらい遅く決断していれば、大火傷くらいで済んだかもしれんかったのに」
榊はちらりと塚原社長に視線を送る。
捜査員たちに掴まれていたおかげで怪我ひとつないが、全身の穴という穴から様々な液体が漏れている。もしかしたら、今後の事情聴取が不可能になってしまったかもしれない。
――と、捜査員の一人が彼に耳打ちをする。聴き終えた榊はルデルたちへ向き直った。
「やっぱり、家宅捜査に入ったすべての施設で、同時刻に爆発が起こったようです」
「フム。どうやらルデルの推論も的外れではなかったようなのだ」
捜査員たちの表情に緊張が漲ってくる。その一方でタユーが呆れたように首をすくめた。
「厄介なことになっちまったよなぁ」
確かに、と相槌を打つ泰地だが、彼女の次の言葉にギョッとせざるを得なかった。
「相手は人の命なんて雑草並みに考えているんだろうからな。人権とかを尊重する日本の常識が全く通じない相手と、どうやって交渉するんだろうな?」
「あ―……」
言われてみれば、ぐうの音も出ない。泰地は心のどこかで「相手とは話が通じる」と思い込んでいたのだが、日本の常識が世界の常識ではないのだ。
シェビエツァ王国の場合は魔王とやらが相手だったから問題にならなかっただけの話で、本来ならば常識の違いから突破していかねばならない問題なのである。
交渉役じゃなくてよかった――と、少年はつくづく安堵した。