076
その76です。
空気が抜ける甲高い音が鳴ると、壁の一部が――ちょうどドアの大きさに凹んだというか奥へ数センチ引っ込み、そのまま横へ音もなくスライドしていく。
(へえ。不謹慎だけど、あの事務所の、無意味に上へ開く隠し扉よりずっとずっといいんじゃないか)
泰地がアホなことを考えている間に、社長は魂が抜けたように虚ろな目で空を仰ぎ、部長は勢いよく立ち上がったところを捜査員に肩を掴まれ抑えられる。
「なっ、な……なんだ、なんなんだ! 警察が何で、警察が、警察ごとき、けいさっ――どうして」
金原部長は真っ赤な顔で声を荒げるが、怒りで舌が思うように動かなくなっている。榊の迷いない動きで、彼らが「異世界」の存在を知っていると確信できたのだろう。
暴れようともがく金原の姿に、榊は少し呆れたような溜息を吐いた。
「あんな二人がいるって時点でおかしいと思わんかったのかねえ?」
彼の言う二人とは、もちろんルデル(とその舌の泰地)とタユーを指している。普通に考えれば仰るとおりなのだが、この場合は魔王サマが細工をしていると考えられる。
「フム。それでは、少しばかり認識の歪みを正してやるのだ」
魔王サマの言葉に、金原はいぶかしむ表情をした後に、毒気を抜かれたように呆然としたのも束の間、汗をどっと噴き出して「うひゃあああっ?」と悲鳴を絞り出した。
パニックになって暴れる金原を三人がかりでどうにか抑え込もうとする――が、彼は唐突に真顔になると、そのまま床へ土下座をするように崩れ落ちた。唇から「ははは、終わりか……終わりか」などと呟きが漏れているので、生きてはいるようだ。
「いきなり何なんだ? まあいいや。それじゃあお二人さん。ちょっとこっちの部屋に来てみてくれないか?」
容疑者たちを捜査員に任せると、榊はルデル(と泰地)とタユーを一緒に隠し部屋の中へ入るように促す。具体的な理由は説明されなかったが、なんとなく従わざるを得ない。
扉の先にあったのは、二畳ほどの狭い正方形の部屋。
コンクリート打ちっ放しの、これぞ隠し部屋といった風情の部屋は、床だけは砂利――いや、例の異様な色彩の石が敷き詰められていた。
「どうです? 何かわかりますか?」
さすがにのこのこ入る気にはなれないので外から様子を窺う。
ムムム、と眉根を寄せて唸っていたタユーは、一分ほど続けた後に溜息を吐いた。
「・・・・・・ダメだぁ。おいらにゃさっぱり分からねぇ」