075
その75です。
そもそも世間では異世界なんて存在しないことになっている。
この子供たちも、耳が長いとか角があるとか第三の目がある等々の、特別な外見的特徴があるのでもない。
そして、おそらくはこの子供たちに何か「仕事」をやらせていたという証拠は残していないだろう。まさかこの子供の名前で決裁をさせるはずがない。
「つまり、この子供たちは、玄関はカードなしじゃ開かない、窓もほとんどないような建物に忍び込んで、倉庫に隠れていたということですか?」
「そうとしか言えませんね。子供なら窓から入り込むこともできたんじゃないですか?」
榊のイヤミを込めた質問を、金原が涼しい顔で受け流す。その横の社長の顔に血の気が戻り始めていた。
金原がとぼけ続けている限り、この子供たちに関しては二進も三進もいかない。株式会社リョウウン――もしくはその親会社が子供を略取して不法就労させていたとしても、それを立証できなければ立件できない。
段ボール箱に詰められた書類その他によって、何らかの不正で訴訟されるのは諦めるとしても、子供――しかも異世界の人間に労働させていたとあっては、社会的に二度と復活は望めない。金原たちにとっては「試合に負けたが勝負には勝つ」といったところか。
だが、今回は相手が悪かった。
納得したように何度も頷いた榊は、他の捜査員に子供たちの保護を頼むと、二人をある部屋へ連れて行く。
塚原と金原を適当な椅子に座らせると、榊は「なるほど、なるほど」と繰り返しつつ、ぶらぶらと歩き始めた。
刑事の足がある方向へ向く度に、塚原の顔色はまた青みが増し始め、金原の表情も戸惑いを隠せなくなっている。なぜわざわざこの部屋に、と泳ぎ始めた目が訴えていた。
「確かにあなた方の仰るとおりですね。あの子供たちは勝手に侵入していただけかもしれない。この大量にある消臭剤も、彼らの匂いを誤魔化す意味じゃなくて、単純に潔癖症な社員がいるだけかもしれない」
「…………」
すらり、と榊は先ほど玄関を開ける際に押収した社長のIDカードを取り出す。そしてゆっくりとした足取りで…………例の「壁」の前に立つ。
「んーっと……この辺、手垢で微妙に黒くなってますね?」
棒読みな口調の榊が壁の一角にカードをかざす。
それに反応した電子音は、社長の「ぴいっ」という変な悲鳴でかき消された。