073
その73です。
社長のICカードを使って社屋に入った捜査員たち。
玄関は消灯されていて人の気配が無いように装っていたが、十人以上が侵入すれば気付かないはずがない。奥から人が慌てて駆けてくる音が響いてくる。
「何があった――」
入ってきたのが尋常ならざる存在であると察知したその人物は、素早く踵を返し逃走を図る。だがもちろん、それを許す警察ではない。あっという間に取り押さえられる。
「離せ! 貴様ら、なんだよ! 強盗かッ」
「強盗じゃないですよー。取り締まる方ですね。はい、家宅捜索の令状」
床に組み伏せられた部長らしき人物に、榊が警察手帳端末と例の令状をかざす。
相手が警察と分かると、彼はとりあえず抵抗を止めた。まともな神経の持ち主ならば、多数の警察官を相手取るなんて分の悪い選択はしない。
令状を読み上げられ、社長と同じハイテク(?)手枷をはめられた部長――金原は、憮然とした顔で口を閉ざす。これも当然の選択だろう。
しかし、塚原社長は違ったようだ。
「き、金原君。あの、あいつら、あの……!」
「社長! 黙ってなさい!」
……どうやら社長は肩書のみで、実質的な会社の代表は「本社からの出向」の彼らしい。
捜査官は二人を立たせると先導させる。そわそわと落ち着かない社長と完全に黙秘を貫く部長。対照的過ぎてコントの一場面のようだった。
大人たちが進んでいく後についていくタユーと泰地。
歩きながら、泰地は妙な感覚に陥った。目の前の廊下に違和感がある。何が、と問われても微妙に答えに届かないのがもどかしい。
「なあ、タイの字」
脇を突かれ、泰地はギョッとする。自分の名前の真ん中に「の」を加えられるとは予想外だった。
そんな少年の動揺など無視して、タユーは言葉を続ける。
「あの金原って奴? アイツ落ち着き過ぎだろ。警察来たのを見て、さっさと証拠をインメツしてるんじゃないのか?」
「いや、最初に抵抗していたし、時間的な余裕もなかったでしょ」
「どちらかといえば、何をされても捕まる筈がないと考えているようなのだ」
久々に聞く魔王サマの呟きは、異様な重みを孕んでいた。