072
その72です。
(うまく誤魔化せてる、じゃダメなんだなぁ)
一時間ほど指導を受け、やっと訪れた休憩時間。
ゲアハルトは壁に背中を預けてへたり込み、乱れた呼吸を静める努力をしていた。
十朱による指導は激しく厳しい。初日からこの内容は要求が高過ぎだろうと横北は眉を顰めるが、ゲアハルトが泣き言を漏らさないので見守る他ない。
ゲアハルト――ゲアリンデとしては、つい先日まで騎士として体育会系の訓練に必死に食らいついていたので、むしろこの手のストレスには鈍くなっている感がある。レッスンに集中すれば余計なアレコレに頭が回らなくなるのもありがたかった。
しかし、こうして身体を休めた途端に、諸々が頭をもたげてくる。
マエカケさんのおかげで現代日本の基本的な知識は修められた。泰地もフォローしてくれている。高校生活も「外国人だから」と甘い目で見てもらえている。
でも、それでは生きていけない。シェビエツァ王国とは縁を切ったつもりなのに、所詮はその血筋を縁にしているに等しい。
(……もしかして、そういう部分を雪郷さんに見抜かれていた?)
日本で生活を始めたばかりなのだが、この手の甘えは早い段階で潰しておくべきだ。常に人の目に注意しなければならない生活から脱出できたのはいいけれど、その反動で誰かに依存するのが癖になってしまっては元も子もない。
もっと頑張らないと――とこぶしを握って決意を新たにしたところで、ひょいと視界に変なモノが入ってきた。
「大丈夫かい? ほら、これ飲んで」
横北がスポーツ飲料を買ってきてくれたようだ。ゲアハルトはお礼を言ってペットボトルを受け取る。ちなみにペットボトルの開封は既に経験済みだ。
冷たいモノを一息に流し込むとお腹の調子がおかしくなりそうなので、ゲアハルトは一口飲んだ後は掌で温めるように持つことにする。
「……なあ、ゲアハルト君。無理して頑張らなくてもいいんだよ」
「え?」
「君がいろんな面で苦労しているのは、僕らも悪いと思っている。だから、君一人で全てをこなそうなんて考えないで、俺らを利用するくらいの気持ちで頼って欲しい」
そういうワケにはいかない――笑顔を作って誤魔化すゲアハルトだが、決心がぐらぐらと揺らいでいるのが自覚できた。
次回から、また家宅捜索に戻ります。