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070

その70です。

「どうしたんだい、ゲアハルト君? 気分が優れないのかい?」


 運転している横北の声で、ゲアハルトは我に返った。漫然と車窓を流れる風景を眺めていて誤解されたらしい。


「いえ、大丈夫ですよ」


 微笑みながら答える。が、横北は「そうかな」と納得しきれない様子。



 心配されるのは仕方がない。「ニホン」に来て日が浅く、「自動車」に乗ったのもまだ数回だ。くわえて、元は王族に名を連ねていたのだから、腫れ物を触るような扱いをされるのは当然というものである。


 とはいえ、ゲアハルトは乗り物酔いなどは起こしていないし、日本での生活も気楽に楽しめるような手応えめいたものを感じていた。思っていた以上に自分は図太いな、と。



(だけど……)



 今朝の事務所でのやり取り以来、なぜか胸の奥がざわめいている。


 不安のような、焦燥のような。孤独というか、憤慨というか。得体の知れない感情が、ゲアハルト――ゲアリンデの精神に凪のような変化をもたらしていた。


(嫉妬……とは違うと思うんだけど)


 孕石泰地が自分以外の女性と任務へ向かう、という事実が原因なのは間違いないし、それを否定する材料もない。


 では、泰地は恋愛対象なのかと問われれば、それは違うと断言できる。


 お互い知り合ってまだ間がないという時間的な理由もあるが、それ以上に「身分の差」という部分が大きい。


 日本では「生まれつきの身分」は否定されているそうだが、ゲアハルトがシェビエツァ王国国王の長子である事実は曲げられない。亡命したとあっても、その血筋が政治的に利用されない蓋然性は限りなく低いと考えるのが自然だろう。


 王家の血を引く者は、己の感情――特に恋慕の類は、魂の奥底へ沈めねばならない。



(やっぱり浮かれ過ぎていたんだろうな。きちっと引き締めないと)



 気合を入れ直すゲアハルトだが、バックミラーでちらりと確認した横北は不安が膨れる感覚が強くならざるを得なかった。


本日は、3連続で投稿させていただきます。

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