056
その56です。
今日も今日とてヒドイ一日だった――UN芸能事務所の応接用長椅子の上で、泰地は高熱で半分融かされたように全身を脱力していた。ゲアハルトも隣でうつらうつらと舟を漕いでいる。
あの後、本当に南河と白路は事務所まで同伴してきた。フットワークの軽さに感心するやら呆れるやら。
雪郷と面会した南河は、あっという間に意気投合。仕事の話は三分ともたず、話題の矛先は四方八方に跳ね回った挙句、最後はなぜか美味いオムライスで盛り上がっていた。
「では、自分がこの近辺で一番と信じて疑わないオムライスの味を、腹を割って吟味してもらおうではないか!」
こうして雪郷と南河(と白路も運転手として無理矢理)は意気揚々と出発してしまった。
「多分、ゲアハルト君の件については、食事をしながら詳細を詰めるんだと思うよ。きっと。うん」
横北が一応はフォローを入れるが、本人も確信してないのは明白だ。これでオムライスの写真入りメールが送られてきたら、泰地は本気で殴りかねない。
「フム。惰眠を貪っているうちに、なかなか興味深い話になっていたのだ。やはり怠惰に身を委ねるのは損なのだ」
ここでルデル様が目を覚ました様子。
できれば帰宅するまで眠っていて欲しかった――と考えた少年だが、すぐに(魔王サマがあの南河って人と話してたら、もっとカオスになってたんじゃないか?)と思い直す。
「…………」
相変わらず無言のマエカケさんが、今日は紅茶を淹れてくれた。その芳香に、夢の世界に半分陥っていたゲアハルトも現実へ戻ってくる。
「ありがとうございます、マエカケさん。……いえ、そんなに疲れてはいません。驚きの方がちょっと多かったですけど」
「…………」
「あのダンスの先生、そんなに有名な方なんですか? でも、ちょっと個性的過ぎるというか」
「…………」
「え? マエカケさんも教えてもらってるんですか? 美しい姿勢の保持……なるほど……」
ゲアハルトがマエカケさんと普通に会話を楽しんでいて、泰地は妙な疎外感に襲われてしまう。というか、ゲアハルトがマエカケさんの「言葉」を完璧に理解しているのが信じられない。
(なんか俺って、この事務所の中で一番使えない奴になってるな)
「新人だからって許される期間は短いモノなのだ」
ルデルの一言は、泰地の弱っている部分を的確に突き抜けてくる。