055
その55です。
「ありがたい申し出ですが、彼らはまだ研修生みたいなもので、レッスンすらまともにやってないのですが」
言っても無駄だろうな――と思いつつも、横北は念のために現状を伝える。
南河の返答は、予想されたとおり「問題なし」だ。
「さしあたっては、今ざっと考えたのだが――」
南河の舌が滑らかに動く。とても即興で喋っているとは思えない。
言い淀みも噛みもしない演説を続けることおおよそ八分。
「作戦」を組み立て終わった南河は、この上ないドヤ顔をしながら年少組の弁当箱に残っていたエビの尻尾をかじり始めた。
「――とまあ、こういう算段だ」
無論、聞かされてる側としては馬鹿正直に称賛できる話ではない。現実として、そんなトントン拍子で駆け上がれたら、誰も苦労しないのだ。
けれど、南河は自信たっぷりに微笑んでいる。数々の成功を収めてきた者が醸し出す余裕が、否が応にも感じられた。
……その横に座る白路が「まあ、自然発火だけが火事の原因じゃないですしね」とぽそりと呟いたのが剣呑だが。
「ところで横北さン。もしかして、この後は他のテレビ局にも挨拶に行かれると? それとも、ウチが一番最後ですかな?」
「豊浜カラフルテレビさんが最初ですよ。その後に、お世話になってる他の事務所にも……」
「すまンが、それはヤメにしてくれないかな?」
やっぱりそう来たか、と横北は苦笑せざるを得ない。
南河のこの反応からして、ゲアハルトが発しているスター性は他の局でも放っておかないのは確実だろう。そうなると、法外な契約金を用意して独占にかかる局が出てもおかしくない。せっかく見つけた金の卵を、そんな形で逃すのは慙愧に堪えないだろう。
とはいえ、これ以上の交渉は一マネージャーでは役者不足だ。
「申し訳ないのですが、私ではこれ以上の話はちょっと」
「ああ、そうですな。では、社長のところへ案内していただきたい」
「はい、電話番号は――って、アンナイ?」