038
その38です。
そして土曜日。
文字で書けば一行だが、ここに至るまでには山も谷もあった。
一番の問題は、皐会の五明田によるゲアリンデ勧誘である。これがしつこい。本当にしつこい。周囲の生徒たちの方がギブアップする勢いでしつこかった。
でも、ゲアリンデは終始一貫して「申し訳ありません」と拒否し続けた。
事情を知らなかったら「一回くらいは話を聞いてやってもいいんじゃない?」と五明田へ同情したくなるほど態度を崩さなかった。これには五明田と相性が悪いらしい山井嬢も驚きを隠せない様子だった。
(越えてはいけないラインを弁えてるんだろうな。さすがは王族)
彼女の出自を承知している泰地ですら、ここまで強い意志の持ち主だったとは想像できなかった。騎士として(そして男として)鍛えられてきた部分も大きいのだろう。
「いっそ殴ってきてくれたら楽なんですけどね。あの紳士的な態度がブレないのは素直に褒めたいところですけど」
(微妙に脳筋が入ってるのかね、このお姫様は)
かくして、進展のないまま平日は過ぎ去り、支度を終えた泰地は適当なテレビを見ながら迎えが来るのを待っていた。
緊張しないと言ったら嘘になる。今日は挨拶だけなのだけど、いわゆる「業界人」たちを前にするのかと考えると落ち着かなくなってしまうのは若さだけではないはずだ。
どうせ注目されるのは魔王サマとゲアリンデだけだ、と何度も頭の中で念仏のように繰り返していても、動悸は激しくなるばかりである。
しかも、こういう時に限って、魔王サマは「芸能に興味なんぞないのだ」などと断言して熟睡状態なのだから始末が悪い。
テレビから発せられる情報が少年の五感を素通りしていく中、やっとチャイムが鳴り響いた。
よし、と気合を入れて玄関へ向かい、ドアノブに手をかけた瞬間、待ち構えていたかのように疑問が立ち塞がる。
(あれ? もしヴェリヨのおっさんが迎えに来たとしたら、あのオート三輪か? アレ、二人乗りだよな? つまり俺は荷台か?)
…………迎えに来たのは、ミニバンを運転してきた横北であった。