036
その36です。
「んが?」
唐突にテーブルの上に置いた警察手帳端末が震えたので、泰地は何度目か分からない変な悲鳴を漏らしてしまう。
魔王サマが頭の上に載って以来、変なタイミングでしか鳴ってないような気がするなーーなどと耳が熱くなりつつ泰地は液晶画面を覗きこんだ。
『ウン課からのメール? 内容は……『今度の土曜はゲアハルト殿下と一緒にタレント候補生として挨拶回りをするから、余計を空けといてねん サプライズもあるよ(はぁと) 雪郷より』……」
「予定」が「余計」なのはわざとか? その真意は図れないが、相変わらず腹立たしい文章を送ってくれる。
どうあれ、また週末の予定が埋まってしまった。いろはたちと遊ぶ約束がまた遠のいてしまうと考えると、ただでさえ沈みがちだったテンションが更に奈落へ落ちていく。
(いや! 土曜日に挨拶回りってことは、日曜は大丈夫なはずだ。挨拶だけならそんなに疲れないはず)
希望的観測を信じ込もうとした少年だが、やっぱり「あのおっさんがそれで許してくれるはずがないだろう」という考えの方が支配的だ。学生であることを配慮して週末にしてくれたとは推測できるけれど、感謝の気持ちが爪の垢ほどもこぼれてこない。
急降下を続ける泰地を眺めながら魔王サマは欠伸をする。
「仕事を生き甲斐にしろとは言わないのだ。だからといって、友人や趣味を重んじても人生が豊かになるとは限らないのだ」
「じゃあ、幸せって何なんですかね?」
「少なくとも、教えてもらって良しとするものではないのだ。ルデルだって悩み苦しみ、時には涙で枕を濡らしたことだってあったのだ」
含蓄のある言葉っぱいが、魔王サマが人間だった頃に「泣いた」と伝えられるエピソードと言えば「上司との折り合いが悪くて出撃できなかったとき」と「片足が吹っ飛ばされる重傷で出撃できなくなったとき」くらいである。
真面目な話、参考になんて塵ほどにもならない。
というか、魔王サマはそもそも「人間だった時代」なんてあったのだろうか、と本気で疑いたくなってくる。