025
その25です。
「じゃ、あたしは電車だから」
とりあえずは納得したらしいいろはが、他の二人に別れを告げる。
ゲアリンデは素直に「ええ。また明日」と挨拶したが、地元民である泰地はぎょっと目を剥いた。
「電車って赤電? ここから駅って、三キロくらい離れてるんじゃなかったっけ?」
赤電とは、ここ豊浜都浜松市を南北に縦断する唯一の電車である。
東京や大阪などの大都市とは違い、浜松市には鉄道会社は一社しかなく、交通インフラは鉄道よりもバスの方が充実している。なので、徒歩や自転車通学ができない生徒は、電車通学者もいるにはいるが、バスを利用する生徒の方が多数派だ。
いろはの家(下宿?)がどこにあるかは知らないが、学校の近くは避けるだろうし、自転車通学でもない様子なので、てっきりバス通学だと考えていたのだが……
泰地がぼんやりとそんなことを考えている間に、いろはは二人へ軽く手を振って走り去っていく。
「え?」
いろはの背中がみるみる小さくなっていく。そのスピードにゲアリンデが驚愕のあまり我が目を疑った。いろはの体格からは想像できない俊敏さだからである。
ゲアリンデは「祭騎士」と呼ばれる職に直近まで就いていた。政治的な色が強いと言え、騎士を名乗るからには相応しい体力と技量を身に付けていなければならない。まして「ゲアハルト」という男として周囲を欺いている以上、甘えや妥協は絶対に許されなかった。
男性たちに交じって厳しい訓練に耐えてきたという自負があるから、彼女は同世代の男子にも引けを取らないという自信はもちろん、女子相手ならむしろ手を抜くべきか――なんて驕りが頭の隅にあったのは否定できない。
ところが、今のいろはの脚力――そのフォームから全力ではないのが窺える――を目の当たりにして、培ってきたプライドが音を立てて崩れ落ちていくのを止められなかった。
ぎくしゃくとした動きで振り返るゲアリンデに、泰地は「彼女は特別だから」と慰める。信じてもらえないかもしれないが、これが現実だ。
(そういえば、今日は体育の授業がなかったなぁ……)