023
その23です。
「いい加減にしてください、五明田先輩」
いつ果てるとも分からぬラリー……いや、塩対応なゲアリンデから離れようとしない五明田に、嶺華嬢が横槍を入れる。
「きっぱりと断られたのであれば、この場は引き下がって、お互い冷静になるまで時間を置くのが常識というものでしょう。相手が了承するまで続けるなんて恥ずかしいと思わないのですか?」
いやアンタが言えるのかい、と1年2組の生徒たちが一斉に脳内でツッコんだ。
対する五明田は「はっ」と、むしろ鼻で笑って自論を展開させる。
「キミの主張は、典型的な日本のムラ社会のそれだ。お互いに相手の考えを察して譲歩するって感じかな? ナンセンスだよ。言葉を飾っているが、結局は自分が傷つかないために対立を避けているだけだ。本音で衝突しないで、相手と信頼関係が築けると思っているのかい?」
「訂正してください、五明田先輩。いまの発言は明らかな侮辱です。さもなければ、私は『報告』しなければならなくなります」
「山井君。ボクはキミの行動規範を批判しただけであって、皐会そのものを侮辱したでも批判したわけでもないよ。キミ個人への反論を組織全体の問題へすり替えようとするなんて、それこそ皐会に相応しくない行為じゃないかい?」
ムぅ、と嶺華嬢が言葉に詰まる。確かに自分が「美しくない」行為に出ようとしたと認めたからだ。
だからといって、五明田の意見を通すなんて絶対に許せない。ゴリ押しで相手をねじ伏せるなど皐会のポリシーから外れてる――と彼女は信じて疑わなかった。
それは五明田も同様で、「北風と太陽」の太陽が常に正しいなんて童話の中だけだ、というのが彼の理念であり、そこを譲る気は毛頭ない。
見守る周囲の生徒たちにすると――結論の出ない問題である。どちらも決定的に間違っているとは断言できない、きっちりと白黒を決められない選択だ。
無言の睨み合いが一分以上続いた後、嶺華嬢はふと違和を感じた。
「……あ、いろはさんは?」
「いろはさんとゲアリンデさんなら、さっき素早く帰っちゃいましたよ」
誰かの無慈悲な返答に、皐会の二人は無言でしばしの休戦協定を結んだ。