020
その20です。
「ごきげんよう、いろはさん」
何度断られても心が折れた様を見せない山井嶺華さんが、今日もいろはへの皐会への勧誘に現れた。変なノルマでもあるのではないかと聞きたくなってくる。
しかし同時に、生徒たちの頭にふとある質問がよぎった。
「やっぱりゲアリンデさんもスカウトするのかな?」
皐会は、ここ北南高校――ひいては豊浜都のステータス向上を狙って発足したセレブ生徒の集まりである。入会の資格となるのは、資産家や著名人の血族であるとか、本人自身が目覚ましい成果を出していたり、単純に見目麗しい外見だったり……と、それだけではないのだろうが、比較的分かり易い。
それを考慮すれば、ゲアリンデはうってつけの人材ではなかろうか。
外見の素晴らしさが条件を必要十分に満たしているのは間違いない。更に加えて、本人からも先生などからも説明はなかったが、口調や身のこなしに育ちの良さが自然と滲み出ているのもポイントが高い。
人々の視線が、無意識にいろはとゲアリンデと嶺華へ集中する。
唐突に変わった教室の空気に戸惑ったゲアリンデは、泰地へ助けを求めるような顔を見せた。そんな顔をされても、ここは息を殺して騒動が収まるのを待つしかない、としかアドバイスできない。
渦中の一人である峰華嬢は、自分にまとわりつく好奇を優雅にスルーしつつ、迷いのない足取りで…………いろはの前に立った。
周囲が固唾を飲んで見守る中、嶺華は「ふっ」と芝居がかった仕草で金色に染めた髪をかき上げる。
「いろはさん。二兎追うものは一兎も得ず、という諺を私は知ってます。それでなくとも、私は貴女が現時点で最も皐会に相応しい人物であると信じて疑ってませんわ!」
オペラ歌手のように胸に手を当て宣言する嶺華嬢に、いろはは苦笑しか返せない。
やっぱりいつも見慣れたやり取りになってしまったか――とクラスメイト達は弛緩するのだが、平素と違うのはここからだった。
「いや? ボクはもう一人の転校生も相応しいと思うね」
ゲアリンデさん受難の始まりです。