120
その120です。
不満の声が一巡したところで、継一郎は紅茶を一気に飲み干した。
翻意してくれるのか、と期待する視線が集中する中で、彼はこう返した。
「だからどうした」
短い一言で全ての不平を一蹴した継一郎は、机の上に載っていた小さな埃を太い指で弾き飛ばす。
「歴史のない我々が些事で右往左往すれば、世間はその程度だと嘲笑うだけだ。我々に必要なのは恥を綺麗に上塗りする技術ではない。多少の荒い波に動じない器の大きさだ」
全くブレない会長の態度に、会員たちもトーンダウンせざるを得なくなる。感化されている者半分、なお燻っている者半分といった感じか。
継一郎はちらりと腕時計に目をやると、すっくと立ちあがった。
「五明田の件については、何も言わず何も動くな。多少の汚名はこれから実績で雪いでいけばいい。以上だ」
きっぱりと告げると、彼は堂々たる態度で歩き始める。皐会会長として強権を発動したのだが、それに表立って反発する人間などいるはずがない。
継一郎が退室すると、なんとなく居心地が悪くなったのか、他の面々もぞろぞろと帰り始めた。
最後の一人になった嶺華は、残り数枚となったクッキーをのんびりと楽しんでいる。
(さすが継一郎さんね……)
実のない意見を一顧だにしないのは、想像以上に意志の強さを必要とする。
どんなに愚劣な話でも、何度も何度も繰り返されれば、どうしても影響を受けてしまうのはよくある話だ。
完全に傍観者に徹していたので「アホが囀っている」と聞き流せていた嶺華だったが、いざ自分が先ほどの継一郎の立場だったら冷徹を貫けたか自信がない。
「赤、紫」
背後に控える双子が頭を下げる。もう命令の内容を理解しているようであった。
「あの連中は、もう少し泳がせておくわ。待てばホコリが山ほど出てきそうだし」
皿の上が空になったのを確認すると、嶺華は優雅に立ち上がる。第三者がいるのではないが、だからこそ立ち振る舞いに気を付けねばならない――が彼女のモットーだ。
ゆっくりと扉へ向かう嶺華の脳裏に浮かぶのは、河居いろはの顔である。
(……やはり皐会が醜聞を乗り越え、次の段階へ飛躍するためには、彼女のような輝くカリスマが必要不可欠ね。ゲアリンデさんも皐会に相応しいとは思うけど、まずはいろはさんを優先しないと)
残りは三回です。